第47話 イカ焼き×2
歌葉の心配は当たっていた。屋台で焼きイカを買っているすらりとした麗人は、紛れもなく
両手にイカ焼きを持った一子に、男達が近付いていく。どうする。すぐにも間に割り込むべきか、それとも少し様子を見た方がいいか。
歌葉が迷っているうちに、男達は素早く目配せを交わすと、両側から一子を挟み込む。
「こんにちはー、お姉さん、めっちゃきれーですねー。もしかしてモデルさんとかですかー?」
「それあるな。スカウトが見たら絶対ほっとかないよな。俺達もほっとかないけどな」
左右から馴れ馴れしく言い寄られながら、一子は視線すら動かさなかった。男達の存在を完璧に無視してのけている。羽虫以下の扱いに、男達はさすがに鼻白み、だがなおもしつこく食い下がる。
「もしもーし、お姉さーん、聞こえてますかー。反応ぐらいしろっつーのー」
「とりあえずイカ焼き一口食わせてもらうな」
男の一人が横から口をつけようとした瞬間、一子はふいに前に出た。絶妙の間で、しかも流れるような動きに、虚を衝かれた男は完全に置いていかれる。目の前で一子が消えたようにすら感じたかもしれない。
そのまま歩き去るのかと思いきや、一子は少し進んでから振り返った。そして一言も発しないまま、海すら凍てつかせそうな視線で男達を射貫く。それだけで十分だった。男達は尻尾を丸めて退散した。
一子さん、すげえな。かっけえ。
歌葉はため息を洩らした。
一子が超の付く美人であることは、最初に会った瞬間から認めていたが、比べて中身の方は、妹愛が深過ぎる残念な人ぐらいの印象だった。
だがナンパ男どもを歯牙にもかけない凛とした振る舞いは、歌葉を心から感嘆させた。
自分も一子のようになりたい。変な男に絡まれても、あいつを守れるぐらい強い女に。
だがちょっと待て。あいつ? あいつって誰のことだ。
「歌葉さん、何をぼうっとしているの?」
我に返る。自分よりも少し低い位置にある瞳が、美しくも鋭く歌葉を捉えている。男達に対した時のような高純度の敵意こそないが、威圧感はかなりのものだ。
「いやその、さすがは一子さんだなって。睨んだだけで男二人をびびらせちまうんすから。あたしなんか、傍にいるだけで何もできなかったってのに。見習いたいっす」
「そう思うなら、すぐに行動を起こしなさい。私を見れば、今自分のするべきことぐらい分るでしょう」
「あたしがするべきことっすか?」
見れば分る、と言われても、皆目見当もつかない。戸惑う歌葉に、一子は呆れたように首を振った。
「少しは頭を使って考えなさい。私が手に持っている物は何?」
「イカ焼き、ですよね」
「二本のね。つまり、少なくとも一本は自分の分ではないわ。そこであなたがしなければならないことは何?」
「それは、えっと」
「ニコを呼んでくることに決まっているでしょう。私がイカ焼きを持って、海まで食べさせにいくわけにはいかないんだから。いい、歌葉さん、ニコのために何ができるのか、私とニコがいつまでも睦まじく暮らすためには、何をすればいいのか、それを常に考えて行動しなさい。私を見習うというのはそういうことよ」
やっぱり残念な人だった。歌葉は肩を落とした。
#
夏の浜辺にしては静かだと感じていた。実際、大音量の音楽がスピーカーから垂れ流されていることもなかったし、酒盛りをして迷惑を振りまくような不届き者達などもいなかった。それでも潮騒は常に響いていたし、
一人で戻った別荘は本当に静かだった。建物の古さのせいもあって、時の流れから取り残されたのかと錯覚してしまいそうだった。
「……さつき先生?」
閉じたドアを控えめにノックする。当り前のように返事はない。
「……せんせー、寝てるんですか? 開けますよ。いいですね」
拒否されなかったのだから、それは即ちオッケーだということだ。勝手な理屈をつけて、史恵はドアを開け部屋に踏み入る。
真夏らしからぬ暗さと涼しさにぞくっとする。けれど暗いのはカーテンを引いてあるせいで、涼しいのは冷房が効いているからだ。部屋の主の内面が溢れ出て、外の世界を侵蝕したとかではない。
さつきはベッドの中にいた。毛布の下で、膨らんだ形がごそごそとうごめいている。起きてはいるようだ。
「さつき先生、せっかく海に来たんだし、一緒に泳ぎませんか。きっと楽しいですよ。太陽とか波や風を浴びれば、身も心も爽快な気分になれますよ」
言いながら、どれもさつきには不似合いだと思う。海ではしゃいでいる姿など、まるで想像もつかない。だからこそ、もし叶うなら見てみたい。
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