海水浴 ―朝と昼―
第42話 わくわく
朝から目も眩むような夏空が広がります。張り切り過ぎの太陽が、熱と光を惜しげもなく地上に降らせ、今日もまた猛烈な暑さになることを約束します。
普通ならうんざりしてしまうところでしょうが、私達の気分はむしろ逆です。
「
「そうだよ妙ちゃん。楽しみなのは分るけど、それならなおさら、あとに備えて体力を温存しておかないとね」
学級委員長の
黒ずくめの格好をした
さて私は別に好きで直射日光を浴びているわけではありません。これから私達は一泊二日で海水浴へと出発します。みんなが心配する通り、行く前から体調を崩していてはお間抜けが過ぎるでしょう。
しかし私達にはまだ一番大切なものが欠けています。私はその降臨を待っているのです。
それはさつき先生でしょうか。確かに重要です。私達は先生の運転する車で、海まで乗せてもらう予定になっています。それでも海は逃げません。もし先生が体育座りのし過ぎにより、急に来れなくなったとしても、電車を利用すれば済むことです。
私達の海水浴で、絶対になくてはならないものとは何でしょう。
「あ、ニコちゃん!」
ピンポンピンポン、大正解です。
私は飛び跳ねながらぶんぶんと手を振って招きます。
道の向こうから二つの人影がやってきます。一つはすらりと背が高く、姿勢の良さとあいまって、伝統工芸の人形のような雅さです。
そして一子ちゃんに手を引かれ、一子ちゃんの差す日傘の陰に入りながら、世にも美しくきらめいているのは、海より尊いニコちゃんです。
私に気付いたニコちゃんが、胸の前に挙げた手を振り返します。私は涙が出るほど感激します。その仕草は「あなたと永遠に添い遂げます」という意味です。私が今そう決めました。
「おはようございまーす」
「はよっす」
「おは、おはようございます、ます」
「おはよう。ニコ、あなたもちゃんと挨拶なさい」
「おはよう」
ニコちゃんがぺこりと頭を下げます。一子ちゃんは縹さんの頭に足を乗せます。一子ちゃんを見るなり五体投地した縹さんの鼻息が荒くなります。
「ちょっと先輩、人んちの門の前で何してんすか」
慌てた様子で詰め寄る歌葉ちゃんに、一子ちゃんは涼しいまなざしを返します。
「見ての通り、足置きで足を休ませているわ」
「それ、一応人間の頭っすからね。早くどけてください。縹もいつまでそんな格好してんだよ。人に見られたら何かと思われるじゃねえか」
「……ボクはどう思われても……構いません……」
「あたしが構うんだよ。変な評判が広まったらどうしてくれる」
怒られても、縹さんは歌葉ちゃんにお仕置きをねだりません。ひたむきなまなざしは、ただ一子ちゃんの方に向いています。新たな主従関係締結の予感です。
寝返り問題の解決は当事者達に任せ、私は麗しい友愛関係の構築を試みます。
「ニコに何か用かしら?」
しかし私はニコちゃんをお持ち帰りしようとした手を止めます。瞳に絶対零度の光を湛えた一子ちゃんが凝視しています。この先に踏み込むのは危険だとゴーストが囁きます。
「ニコちゃんがあんまり可愛いから、手をつなぎたいって思ったんだよ」
木を隠すには森の中です。私は本音を本音で上書きします。嘘ではないので虚偽答弁には当たりません。百合力制裁の発動を回避します。
「ん。て、つなぐ。妙、かわいい」
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