第41話 補習 その5
「えーっと」
私達の視線が集まっていることに気付き、赤くなった頬を掻くと、いきなりの爽やか風情で両手を大きく打ち鳴らします。
「ほら、せっかくの夏休みなんだし、みんなでぱーっと遊びに行きませんか! とりあえず手軽なところでカラオケとかどうでしょう? きっと楽しいですよ!」
「あなたは何を言っているの?」
柚原さんの豪腕のお誘いを
「ニコ、プリンを買いに行きましょう。帰ったら私が食べさせてあげるわ。せっかくの夏休みだもの、誰の邪魔も入らない場所で甘い時を過ごしましょう」
「ニコ、またみんなとあそびに行きたい。このまえはぷーるだったから、こんどはうみがいい」
「せっかくの夏休みだものね、海に行ってみんなで楽しく遊びましょう」
ニコちゃんの清らかな願いが一子ちゃんの邪悪な欲望を打ち砕きます。
「
「……悪い冗談です。私の運転する車なんて誰も乗りたくないです。密室に閉じ込められて長時間私と同じ空気を吸わないといけないのに……精神衛生に悪いです」
「『体でお支払い』について詳しく、は後で確認するとして」
三角座りをしている先生の前に、柚原さんがしゃがみ込みます。
「えっとー、わたしー、さつき先生の車でドライブしたいなーって。チラッ。みんなで海に行くとか、すっごい楽しそうだなーって。チラッチラッ」
「無理を言わないでください。私には荷が重いです。授業も満足にできないのに、学外で生徒を引率なんて……それに普通に面倒ですし」
「ニコ、くるまでおでかけするの、好き。せんせいは、いや?」
アンニュイに顔を逸らした先生の指先を、ニコちゃんはおもむろにつまむと、やわやわと上下左右に揺すります。この攻撃にはとても辛抱たまりません。先生もあえなく頬を緩めます。
「はい、分りましたから。車を出します。行き先や日程はどうするんです? やはり飛び込み易い断崖絶壁のある場所で、仏滅や天中殺や13日の金曜日にしますか?」
「具体的な計画は任せてください。調整なんかも全部わたしがやりますから。先生はわたしとだけ会話すればオッケーです。二子先輩と連絡取る必要は一切ありません。用がある時は常にわたしが間に入ります。いいですよね?」
「構わないわ。真野先生のことはあなたの好きになさい」
クラスの仕切りは任せてほしいという学級委員長らしい主張に、一子ちゃんも快く了承を与えます。ほっとした表情を浮かべた柚原さんは、早速さつき先生に確認を始めます。
「たぶん全部で八人になると思いますけど、大丈夫ですか?」
「親の車を借りられれば一応乗れるはずです。それにしても多いですね」
「一緒にプールに行った友達があと三人いるんですよ。でもやっぱり大変ですよね。もし先生が辛いようなら、電車を使うことも考えますけど」
「私はともかく、私が近くにいるせいで不愉快な思いをする人はなるべく少ない方がいいですね」
「先生の仰る通りです。互いの負担を軽くするためにも必要最小限に絞りましょう。私とニコと真野先生の三人ね」
「やはり敵か……」
意味不明の供述をする一子ちゃんに対し、ぼそりと呟いて拳を固める柚原さんに代わって、私が正しい解決策を提示します。
「最小限なら私とニコちゃんの二人だよね!」
行き先は海、季節は夏とくれば開放的な気分になるのは必然です。無邪気に戯れる私達だけの楽園です。ニコちゃんの開かれた部分はどんなでしょう。想像するだけで食欲中枢が疼きます。
私の提案を聞いて一子ちゃんはいたく感心したようです。額に太い青筋を浮かせています。どうやらこれで話が纏まったかと思いきや、ニコちゃんがおいしそうな唇を開きます。
「ニコ、みんなといっしょに行く。
「そうしましょう」
一子ちゃんは0.09秒で掌を返しました。人の反射速度の限界突破です。
「歌葉さんは背が高くて胸がない子よね。千紗さんもニコと同じクラスだったわね。柚原さん、必ずその二人も確保して連行なさい。できるわね」
「だから、わたしは最初からそのつもりですし」
柚原さんが尖り気味に同意します。私もあえて異は唱えません。ニコちゃんのしたいことが私のしたいことで、私がしたいのはニコちゃんです。
「二子さん、あと
「ん」
「ほら、真っ黒い格好してくる子がいるでしょう。よく歌葉さんが殴って喜ばせてあげてる変態だよ」
「ん」
初め首を傾げたニコちゃんですが、大変分り易い説明を受けて頷きます。ミリ単位の素振りの違いを、柚原さんも正しく判別できたようです。さすが私達の学級委員長は侮り難しです。ニコちゃん道七級に認定します。
そして授業終了を告げるチャイムが鳴ります。夏休み中の補習とはいえ、定刻は守らなければいけません。集団生活を送るうえでの基本です。
「今日はおしまいだね。ニコちゃん、帰ろう」
一生懸命に勉強したあとは、疲れさえどこか心地良く感じます。ニコちゃんのように成績優秀な学友と励むのならとりわけです。二人っきりで念入りに復習すればもっと心地良くなれること請け合いです。
「違うから。
柚原さんがしかつめらしく注意しますが、何も怠けるつもりはありません。
画一的な教育過程に頼ることなく、私自身の知恵と勇気でニコちゃんの神秘をたっぷりしっぽり探究し尽くしたいと思います。
(「補習」 了)
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