第25話 ウォーターランド その5
「こらガキ、どういうつもりだよ、ああっ?」
「え……あ……そ……」
「なに黙ってんだてめえっ、なめてんのか?」
「ちが……す、すいま……」
「聞こえねえんだよ」
金髪が上から顔を近寄せて凄む。千紗はすっかり怯えてしまっていた。文字通りろくに口もきけない有様だ。
「ひゃは、ジュースぶっかけといて詫び一つなしとか、もうおまえ終わってるわー。完っ全になめられてるよ」
「むしろなめさせればいいんじゃね? 責任取らせようぜ。ガキっつってもそんくらいは分る年だろ」
「……あ、あはは、あのーお兄さん達、少し落ち着きませんか。この人も悪気があったわけじゃないですし、わたしからも謝ります。もちろんクリーニング代も払いますから。どうもすいませんでした」
史恵は千紗と男達の間に入るようにして頭を下げた。ピアス男がいやらしく口元を緩める。
「よぉ、こっちはガキのくせになかなかじゃねえか。本気で詫び入れるつもりなら、ひと揉みさせろや」
躊躇なく腕を伸ばす。さしもの史恵も固まった。胸元に迫る男の手に全く反応できていない。
「いい加減にしろ、ゲス」
だがまさに掴まれそうになる寸前、歌葉の怒りのチョップが放たれた。
「よそ見してたのはそっちも同じじゃねえか。あんまりふざけた真似してるとぶっ飛ばすぞ」
「ちっ」
はたき落とされた手を痛そうに押さえながら、ピアス男は歌葉を睨みつけた。
「関係ねえ奴は引っ込んでろっ、おとこおんな」
「てめぇの目は腐ってんのか? どっからどう見たってあたしは純真可憐な女だろうが」
「なら確かめてやる」
三白眼の男が歌葉のビキニトップを横から力任せに掴み取った。引っ張られた肩紐が継ぎ目からぶつりとちぎれる。
「真っ平らだな。やっぱ男か」
「え……ひゃっ!?」
刹那呆然とした歌葉は、すぐさま両腕で自分の体を掻き抱いてしゃがみ込んだ。史恵が顔を引き攣らせる。
「歌葉さん!? ちょっと、ひどいじゃないですか!」
「なんだ、このおんなおとこも連れかよ。じゃ三対三でちょうどいいな、俺らが遊んでやるよ。お前らのやったことは水に流してな……プールだけに」
「うっわ、全然上手くねぇー」
「6Pにしようぜ。ろくなのいねえし、せめてそんくらいしねえと気が済まねえ」
三人の少女を三人の男が取り囲む。歌葉はうずくまったまま、史恵は歌葉を気遣いながらも足を竦ませ、千紗は史恵の後ろでただびくつくばかりだ。
人目のある場所だから、今すぐ最悪の事態になることはない。だがこれからそうなる可能性はあった。少なくとも男達は明らかにそのつもりらしかった。
「おまわりさん、こっちです!」
ふいに囲みの外から聞こえてきた声に、金髪とピアスがびくりとする。だが三白眼は鼻で笑って振り向いた。
「はったりだろ。こんなとこにそうそう警察なんているわけ……」
三白眼が沈黙する。縹
巨漢である。二メートルはまず軽く超えているだろう。チョコレート色の肌は日焼けではなく生来のものだ。頭はまるっと剃り上げられ、綾乃の胴ほどもある二の腕に、スーパーマンのマークみたいなS字のタトゥーが入っている。
急に静かになった男達を、巨漢ははるか高い位置から見下ろした。
「ワッチャーユードゥーインバッキッズ」
相手の肝を震わすような低く太い声だ。
「ア、アイムソーリー……」
三白眼はそろそろと後ろに下がり、挙げ句の果てに踵を返す。
「ちょっ、待てよ!」
「置いてくなって!」
金髪とピアスも転がるように逃げ出した。男達が視界から消えると、史恵は大きく息を吐いた。タンキニの上着を脱いで歌葉に差し出す。
「歌葉さん、とりあえずこれ。それでえっと縹さん、こちらの方は……?」
「……係の人を呼びに行こうと思ったんですけど……とっても強そうな人がいたので……」
「つ、つまり全然知らない人なわけね。アー、サ、サンキューベリーマッチフォーヘルピングアス、ユーアーザヒーロー」
「OK、テイケア」
史恵のたどたどしい感謝の言葉に、巨漢は強面から一転して愛嬌のある笑みを浮かべると、のんびりと戻って行った。
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