第24話 ウォーターランド その4

 運動したりドキドキしたりしたあとは、いつもより余計にお腹が空きます。再び合流した私達は、全員一致でお昼ごはんにすることにします。

 お高めなレストランより、爽やかな夏空の下こそ健全な少女達にはお似合いです。プールサイドにレジャーシートを広げれば、あっという間に素敵空間の出来上がりです。


「ニコちゃん、わたしサンドイッチ作ってきたんだ。食べさせてあげるね。はい、あーん」

「あーん」

 んぐ、んぐ、ごっくん。


「おいしい?」

「ん。おいしい」

「そっか、よかった。じゃあ次ね。はい、あーん」

「あーん」


 麗しいです。まさに新婚さんそのものです。せっかくなのでこのまま夫婦生活に突入することも検討の余地ありです。ベッドにしては下が固いですが、私がニコちゃんを受け止める形にすればきっといけます。バッチ来いです。


「妙ちゃんのお手製かあ。いいなー、わたしも一つもらっていい?」

 しかし私の展開した固有結界は柚原さんに軽々と破られます。自分の力不足が悔やまれますが、柚原さんもまた大切なお友達です。それに期末試験の勉強では大変お世話になっています。答えは初めから決まっています。


「ごめんね、ニコちゃんの分しかないんだ」

「あー……はは、そうなんだ。わたしこそごめん。ちょっとずうずうしかったね」

 柚原さんがしゅんとしてしまいます。私の心も痛みます。ニコちゃんの唇についたマヨネーズがおいしそうです。

 私達のやり取りを聞いていた歌葉ちゃんが苦笑します。


「柚原、誤解するなよ。妙が言ったのはそのままの意味だからな。こいつマジで二子の分しか作ってねえから。どうせ自分で食う分すらないんだろ」

「は? ほんとに?」

「だって材料が一人分しかなかったから」


 それでも不足はありません。お昼はニコちゃんが私の作ったごはんを食べて、夜は私がニコちゃんをおかずにする。まさに一挙両得です。やりくり上手は良妻の証です。

 柚原さんは気を取り直した様子で歌葉ちゃんと本山さんの腕を取ります。


「わたし達は食べるもの買いに行ってこよう。妙ちゃんは何がいい?」

「私は大丈夫だよ。ありがとね」

「……ボクは、神楽坂さんの聖すいぐぁっ……苦し、息がっ」

「ちょっと黙っとけ。妙の分はあたしが買うよ。いらねえって言っても食わせるからな」

 縹さんに喉輪を極めながら歌葉ちゃんが凄みます。私はニコちゃんのために水筒の麦茶を注ぐ手を止めて答えます。


「もちろんちゃんとおいしくいただくよ。でも軽めのがいいな。松阪牛のステーキとか」

「いいぜ。もしあったら買ってきてやるよ」

 歌葉ちゃんはかっこよく親指を立てました。


     #


「……二子さんもだけど、藤木ふじきさんもやっぱりちょっと変、変かも。ある意味お似合いなのかな。なのかな」

 両手に飲み物の入った紙コップを持ちながら、本山千紗ちさが言う。特に考えることもなく、ふと浮かんだままを口にしたという風情だ。少なくとも悪意はない、と柚原史恵ふみえは思った。


「おい本山、妙がどうしたって?」

 しかしこと藤木妙に関する限り、歌葉イヤーは地獄耳である。フランクフルトの屋台に並んでいた列を外れ、ずかずかと引き返してきた。凹凸には乏しいものの、引き締まった長身が近付いてくる様は迫力たっぷりで、千紗はびくりと後退りをする。


「お?」

「きゃっ」

「んだよっ、冷てぇなおい!」


 いきなり荒々しい罵声が上がる。発生元は、頭を金色に染めた若い男だ。日焼けした肌と派手な柄の水着の股間がメロンソーダに濡れている。死角からぶつかられた拍子に、ふらついた千紗が相手にコップの中身をぶちまけたのだ。


「ぎゃはは、なんだよそれ、ションベンでも洩らしたのか? きったねー」

「しかも緑色って、なんのビョーキだよ」

「あのリタって女にやばい菌でもうつされたんじゃねーの? いかにもビッチっぽかったし」

「それマジある。お前こっち来んな。うつったらどうすんだ」


 金髪と一緒にいた連れが囃し立てる。いくつもピアスを付けた男と、やたら目付きの悪い男だ。仲間に同情する様子はひとかけらもなく、ひたすら面白がっているのは明らかだった。それがいっそう金髪を煽ったらしい。

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