第20話 お泊まり勉強会 その9

 あどけなく寝入ってしまったニコちゃんは、歌葉ちゃんがひょいとお姫様抱っこをして隣の部屋へと運びます。既に座卓は壁際にかたされて、全員分のお布団も敷かれています。旅館さながら至れり尽くせり、上げ膳据え膳の対応です。歌葉ちゃんのおうちの人にはよくお礼を言った方がいいでしょう。ニコちゃんという据え膳を食する機会を与えてくれて、まことにありがとうございます。


「ここでいいな」

 部屋に入ってすぐの場所で歌葉ちゃんが腰を落とし、私は掛け布団をめくります。歌葉ちゃんがニコちゃんを横たえると、私は掛け布団を戻しました。


「みんな、お疲れ様。おやすみなさい」

「おつかれー、おやすみー」

「……おやすみなさい。えっと、神楽坂さんに踏まれやすいのはどこかな……」


 とても充実した一日でした。心地よい疲れが体を満たし、私を眠りの国へといざないます。うっとりと落ちていけそうです。幸せな気分で瞳を閉じようとする私を、しかし歌葉ちゃんが仁王立ちで睨み下ろします。


「……妙、何してる」

「寝ようとしてる」

 私はありのままを答えます。隠すこともごまかすこともありません。正直は美徳です。なのに歌葉ちゃんはますます眉間の皺を深めます。


「そこはもう二子が寝てんだろうが」

「うん、そうだね」

 歌葉ちゃんの言う通り、私の傍らではニコちゃんが可愛らしい寝息を立てています。まさに天使です。こうして添い寝をしているだけで、身も心も浄化されていくのが分ります。もしもこのあと直に肌を触れ合わせれば、極楽往生は必定です。


「そうだね、じゃねえ。あたしんちでそんな不埒な真似させるかよ」

「きゃっ」

 私は無理やり布団から引きずり出されます。非情です。このまま荷馬車に載せられて、市場へ連れて行かれてしまうのでしょうか。


「柚原からもなんか言ってやれよ。学級委員長として、びしっとな」

「え、わたし? そうだな、うーん……ほどほどにね、とか? いきなりハード過ぎるプレイはやっぱりどうかと思うな。私も今後の参考にしたいし、普通に気持ちよさそうなのがいいんじゃないかって」

「もちろんニコちゃんの嫌がるようなことはしないよ」

「……ボクは、平気ですから。神楽坂さんにしてもらえるなら、どんなことだって……」

「だーっ、この変態どもが! もう寝ろ! 妙はそっちの端だ! あたしがお前と二子の間で寝る。変なことしないように見張ってるからな。大人しくしてろよ」

 歌葉ちゃんはひとしきり荒ぶってから、ふいに低くて渋い声を響かせます。


「あたしの布団の中にはみ出してくるぐらいは、許してやるけどよ」

 私はとても寝相がいい方なので、まずそんなことにはならないと思います。

 スモールランプだけを残して部屋の灯りが消されます。仄かなオレンジ色の光が、まぶたに優しく落ちかかります。


「……妙、もう寝たか?」

 どのくらいの時間が経ったでしょう。歌葉ちゃんがそっと囁きかけてきます。ですが私は返事をしません。意地悪のつもりはなくて、もうずいぶん夢見心地なので、相手をするのがままなりません。


「なんか変な感じだよな。あたしとお前の他に、一緒に寝てる奴らがいるなんてさ。こういうのも案外悪くねえな……けどよ、勉強会とか理由がなくたって、お前はいつだって来ていいんだからな。妙一人なら準備もいらねえし、その、あたしの部屋で寝ればいいんだから。なあ、妙……って、いねえ? まさか二子のとこか? やっぱり! いつの間に移動しやがった!」


 跳ね起きた歌葉ちゃんがこちらに顔を振り向けます。ただでさえ切れ長の目が、いつも以上に吊り上がっています。私とニコちゃんの愛の巣を狙う飢えた獣の襲来です。


「くそ、なんか足が異常に重……うおっ、縹、てめぇ何しがみついてやがるんだよ、離せっ」

「はぁ、はぁ……神楽坂さん、どうかボクのことは気にせず、存分に踏みつけていってください……特にお尻とかオススメです……」

「ニコちゃん、いい?」

 縹さんの犠牲を無駄にしてはいけません。今こそ大人の階段を上る時です。


「私、ニコちゃんと大切なことをしたいの。ニコちゃんは?」

「……すぅ」

「本当に!? ありがとう、すっごく嬉しいよ。ニコちゃんに満足してもらえるように、私、頑張るね」

「一人で会話進めてんじゃねえ! 二子は寝言すら言ってねえだろうが! そんで柚原、お前は何撮ってんだよ!」

「心配しないで平気だよー。あくまで個人で楽しむ用の動画だから。妙ちゃんと二子さんの初めて……尊い」


 清き乙女達の集いし夜は、こうしてひそやかに過ぎていきました。

 翌朝、ぱっちりと目を覚ましたニコちゃんは、ぐったりした私達四人を見て不思議そうに首を傾げました。大変に愛らしかったです。

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