第18話 お泊まり勉強会 その7

「風呂って、妙、お前まさか二子と二人で入るつもりか……?」

「そうだよ」

 なぜかひどく警戒した様子の歌葉ちゃんに、私は当然のように答えました。いったい何を心配しているのでしょう。この離れにあるお風呂は、母屋のものに比べれば小さいですが、二人ぐらい全然余裕で入れます。


「ニコちゃんの下着もパジャマもちゃんと用意してきたし。あ、もしかしてまだ沸いてないの?」

 それなら仕方ありません。ひとまずお風呂はあきらめて、ニコちゃんには先にお布団の中で汗を流してもらいましょう。もちろん私も協力します。


「風呂はもうできてる。だけどお前と二子が一緒ってのは許さねえ。もし間違いが起きたらどうするんだよ。妙の純潔はあたしの……いやいやそうじゃなくて、あとで二子の姉ちゃんにシメられるのはあたしなんだぜ」

 確かに一子いちこちゃんは危険です。ニコちゃんのことではいつバーサーカー化しないとも限りません。それでも今回は杞憂でしょう。


「平気だよ。黙ってればバレないよ。ニコちゃんにもちゃんと口止めするよ」

「安心できる要素が一個もねえよ……柚原、頼む。二子の面倒見てやってくれ。あたしは妙と一緒でいいから。一緒がいいから」

「はあ、ほんとに気持ちを隠せない人だなあ。ちょっとうらやましいかも」

 柚原さんはぶつぶつと何か呟いてから、気を取り直したように答えます。


「二子さんのことは、おっけーだよ。でも神楽坂さんと妙ちゃんは別々の方がよくない?」

「な、なんでだよ!? あたしは妙にへへ、変なことなんかしねえぞ!? たたた妙からしてほしいっていうなら別だけど!?」

「それもあるけど、やっぱり慣れてる人が一緒にいてほしいかなって。初めて来た家だし、要領が分らなくて困るかもしれないじゃない?」

「んー、そうか……なら、二子と柚原とあたし、妙と縹ってところか?」

「そんな……だってボクは神楽坂さんと入らないと……神楽坂さんの○○○○とか××××××をお口できれいにする役目があるし……」

「縹の役目はな、妙が二子を覗いたり盗撮したりしないように見張っとくことだ。もし果たせたら褒美をやる。いいな?」

「はい、任せてください!」

 縹さんは目をキラキラさせながら、持参した首輪を装着します。ご褒美として歌葉ちゃんに夜の散歩をおねだりするつもりのようです。


「二子さん、お風呂はわたしとでもいいよね? 優しくするから」

 柚原さんが妖しく誘惑します。ニコちゃんはぱちくりと瞬きをします。やはり裸のおつき合いの相手は私がいいということでしょうか。もしはっきりそう意思表示をしてくれるなら、他のみんなには一晩ぐっすり眠れるお薬を処方したいと思います。

 ニコちゃんの透明な視線に、柚原さんはたじろいだふうでしたが、やがてはたと手を打ち合わせました。


「二子さん、わたしは柚原史恵だよ。あなたと同じクラスで、妙ちゃんと神楽坂さん……歌葉さんのお友達。よろしくね」

「史恵、ニコとおふろ入る?」

「二子さんさえよかったらね。背中を流してあげよう」

「あたまは?」

「うん、頭も洗うから」

「おなかは?」

「え、お腹も? あはは、いいよ、任せて。どこでも洗ってあげる」


 ニコちゃんがミリ単位で頷きます。たいそうご満悦の気配です。さすがは柚原さん、ニコちゃんのお友達ポジションを見事に獲得した模様です。

 もちろん私は悪く思ったりなんてしません。私の大切なお嫁さんのニコちゃんに悪い虫、もとい仲良しさんが増えたのですから。ニコちゃんの貞淑なお嫁さんの私にとっても嬉しいことに決まっています。


 なのに柚原さんは私に「ごめんね」という仕草をします。そして私が選び抜いたニコちゃんお着替えセットを持って、歌葉ちゃんとニコちゃんの三人でお風呂へと向かいました。

 取り残された私達の間にどんよりとした空気が漂います。


「……ボク、もしかして神楽坂さんにバター犬だと思われてないのかな……」

 縹さんが淋しそうに洩らします。

 そんなことはない、と言ったら嘘になってしまいます。私は縹さんをいたわるように、首輪から伸びるリードを握り締めます。


「あのね、縹さん……歌葉ちゃんの弱いところ、知りたくない?」

「ふ、藤木さん……?」

「もしいつか何かの時に私を助けてくれるって約束してくれるなら……教えてもいいよ。歌葉ちゃんの弱いところ、全部。体中隅から隅まで。表も裏も。外も中も」

「な、中って、そんな……」


 縹さんはごくりと唾を呑み込みます。そして目を血走らせながら幾度も顎を上下させます。

 契約は結ばれました。やがてキャッキャウフフと三人が戻り、入れ替わりにお風呂場へ行った私と縹さんは、女の子同士の麗しい友情を育むことにいそしみました。

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