第17話 お泊まり勉強会 その6

 女の又に力が二つで努力と読みます。私は受験が終わってからこんなに勉強したのは初めてです。歌葉ちゃんと縹さんも、時々柚原さんに教わりながら、効率的に試験対策を進めることができたみたいです。柚原さんは目標学年五位以内とさらなる高みを目指します。


 そしてニコちゃんはニコちゃんでした。ただそこにいるだけで高強度の癒やしの波動を放ちます。間近で浴びる私への影響は絶大です。直接肌が触れ合うたびに、体のデリケートな部分がぷるぷると震えます。替えの下着を十枚ばかり持ってきて良かったです。


「つっかれたー、おっなか空いたー、わたしもう駄目、エネルギーゼロ」

 柚原さんがぱったりと後ろに倒れます。ですがそれも無理はありません。自分の勉強に加え、プチ家庭教師として三人もの相手を担当したのです。身を捨てて戦い抜いた勇者には、癒やしと安らぎが必要です。


「お疲れ」

 歌葉ちゃんが柚原さんの頭をぽんぽんと叩きます。得意の空手チョップではありません。愛おしみ撫でるようなソフトタッチです。


「晩飯にしようぜ。昨日も聞いたけど、魚が駄目な奴はいねえな? 寿司取ってあるからよ」

「お寿司! どんなの!?」

 柚原さんは途端にぐわっと身を起こします。瞳にぎらついた欲望が滾ります。魚食系女子の爆誕です。


「別に、普通の握り寿司だ」

 立ち上がった歌葉ちゃんが大股で隣の部屋に向かいます。わくわくと後に続いた柚原さんは、仕切りのふすまが開け放たれるやいなや「っしゃあ!」と拳を天に突き上げました。


 勉強部屋にあるのと同様大きく立派な座卓の上に、五人前のお寿司が並んでいます。プラスチックの使い捨て容器ではありません。風格ある丸い塗り桶の中で、目にも鮮やかな赤身や白身、イクラやウニの舞い踊りです。まさに食べる竜宮城です。


 すぐにも飛びつき喰らいつかんと、柚原さんはクラウチングスタートの構えを取ります。しかしぎりぎりで慎みの心を取り戻したらしく、身を撓めたまま歌葉ちゃんを見上げます。


「でもほんとにいいのかな。泊めてもらううえに、こんな豪華なものまでごちそうになっちゃって。あとで請求書とか来ないよね。金がなければ体で払えー、みたいなの」

「そ、それならボクが……他の人の分もまとめて、神楽坂さんに……」

「縹はガリだけでいいな。柚原はつまんねえこと気にすんな。客をきっちりもてなすのはうちの家風みたいなもんだからよ」

「それに元は黒いお金だもん。資金洗浄もできて一石二鳥なんだよ」

「ばっか、そんなわけあるか!」

 歌葉ちゃんは私に地獄突きを入れました。それからふっと視線を斜め上に泳がせます。

「たぶんな」


 お寿司はさすがのおいしさでした。もしもこの味に慣れてしまったら、もう今までの清い自分ではいられません。魚肉の奴隷に堕ちないためにも、歌葉ちゃんの家でのお泊り会の開催は、せいぜい月に一度か、多くても週に五度ぐらいにとどめておくのがいいでしょう。


 みんなのお腹がいっぱいになったところで、さてもうひと頑張り、というわけには残念ながらいきません。人間には三大欲求というものがあります。食欲は満たされました。寝るにはまだ早い時間です。となると残る一つ、お風呂に入って気持ちよくなりたい欲、をまっとうしなければばなりません。


「ニコちゃん、お風呂入ろうね」

「ん」

 ニコちゃんはこくんと頷きます。これで合意は成立です。お風呂は全裸で体を洗うところです。つまり体を洗っているという解釈が成り立つ限り、裸でどんな行為をしようと許されます。お互いが気持ちよくなるため励むのは完全に合法です。


 私はティッシュでニコちゃんのお口の回りの汚れを拭ってから、自分の口から垂れたよだれを啜りました。じゅるり、と爽やかな音が食後の団欒を楽しむ室内に響きます。


「妙、待て、どこに行くつもりだ」

「お風呂だけど?」

 勝手知ったる歌葉ちゃんのおうちです。案内ならいりません。けれどニコちゃんと浴場に向かおうとした私を、歌葉ちゃんは怖い顔で引き止めます。指がワイヤーロープみたいに私の手首を締め付けます。

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