第13話 お泊まり勉強会 その2
このひとときをなんと表現すればいいのでしょう。至福です。平安です。涅槃です。どうやら私は生きながらにして極楽浄土に足を踏み入れてしまったみたいです。
給食は既に食べ終わり、後片付けも済みました。午後の授業が始まるまで、お昼休みはまだいっぱい残っています。
つまり、ニコちゃんをじっくりたっぷりねっぷり鑑賞できるということです。その尊い横顔からは、四方八方に黄金色の光を発しています。もしも我が身に受ければ、たちまちお腹のチャクラが回転を始めます。
もちろんそれだけで私は十分に満足です。この世に生まれ落ちた甲斐があるというものです。なのになんということでしょう。慎ましい私の視線に気付いたニコちゃんが、ちらりとこちらを振り向きました。これ即ち私と一生添い遂げたいという意思表示です。隣人を愛せよ、と昔のエラい人も言っています。私はニコちゃんの想いに応えるべく口を開きました。
「ねえニコちゃん、もしよかったら明日……」
「よお妙、明日暇か? 暇だな? 勉強会やるぞ。柚原にも参加するよう話つけたから、分んないところがあったらガンガン質問できるぞ」
ひどい騒音が発生しました。私は素早く耳を塞ぎます。けれど無駄でした。ワイヤーのような指に手首を掴まれ、あっさりと引き剥がされてしまいます。
「ちゃんと聞こえたな。まさかこのまま知らんぷりできるなんて思っちゃいないよな」
何の罪もない私をペロリと食べてしまおうと、欲望にまみれた悪魔が息を吐きかけて迫ります。哀れな子羊たる私は、震えおののきながらもせめて精一杯の誠意で答えました。
「勉強会やるの? そうなんだ、頑張ってね。それでねニコちゃん、明日は私と一緒に」
「妙は明日あたし達と勉強会だ。いいか、お前のために言ってるんだ。このままじゃ期末も壊滅、学校もクビになる。それでもいいのか?」
私は目をしばたたかせました。歌葉ちゃんがいつになく真剣です。さすがに少し心配になってしまいます。事情の説明と賠償の支払いを求めます。
「ね、藤木さん、無理強いするつもりはないんだけど、少し頑張ってみない? もしその気があれば、わたしもできる範囲で手伝うよ」
歌葉ちゃんと一緒にいた柚原さんが言い添えます。そしてこの話が出てきたわけを教えてくれました。なんと余り成績が悪いと進級できない可能性があり、私がそうなるのではと心配してくれているみたいです。もし事実とすれば確かに由々しき問題です。
「分ったな。土曜は朝から晩まで、いや夜中までみっちりやるぞ。泊まりの支度してこい。けっこう久し振りだよな? お前がうち泊まりに来るの。楽しみだな、風呂とかよ……くっくっく」
「落ち着いて神楽坂さん、下心がダダ漏れてる。別にわたし的にはそれでもいいけどね? ドキドキする場面が見られそうだし。あ、せっかくだし
私は頭に隕石を落とされたような衝撃を受けました。ニコちゃんとお泊まり――恐るべきパワーワードです。ニコちゃんは凪いだ湖面のような瞳をまたたかせました。
「ニコも、いくの?」
「そうだよニコちゃん! 私のおうちで、女の子の体について二人っきりで一晩中お勉強するの! 私の全部を教えてあげるから、ニコちゃんのこともいっぱいいっぱい教えてね!」
「ちげーよ。あたしんちでやるんだっつの。二人きりでも保健体育限定でもねえ。期末試験対策の勉強だ。いかがわしいこと考えるな。やらしい」
「神楽坂さーん、ブーメランブーメラン」
「……それで、二子も来るのか? 別にいいけどよ。それで妙が参加する気になるならな」
「はい、ボクも行けます……そのまま住めますから。夜は一緒のベッドじゃなくても、神楽坂さんの部屋の押入れで寝られればいいし……」
「住むな。押入れにこもるのも禁止。真面目に勉強する気がないならソッコー叩き出すからな」
どこからともなく縹さんが湧き出しましたが、もはや誰も驚いたりしません。歌葉ちゃんの受け答えも流れるようです。これぞ夫婦の営みというものです。
「妙、今何か変なこと考えなかったか? とてつなく事実誤認したようなことをよ」
「ううん、別に? みんなでお泊まりするの楽しみだなって。歌葉ちゃんと柚原さん、誘ってくれてありがとう。思い出に残る一日にしようね!」
「お、おう……あたしと妙の一生の記念日になるような、な」
「一応、勉強会って建前を忘れないようにね。親御さんに許可を取る時は、そっちを強調するように。それで行けるかどうかを今日中に神楽坂さんに連絡する、って感じでいい?」
「はーい。ニコちゃん?」
「ん。歌葉に、てがみかく」
「電話しろよ。番号教えてやっから」
「ボクはどうせずっと神楽坂さんの足元にいるので……」
「縹は不参加な」
「嘘です。家に帰って親に話します」
こうして私とニコちゃんは初めての夜を過ごすことになったのでした。
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