第11話 お見舞い その4

 私達は快く二子ふたこさんのお宅に招き入れられました。歌葉ちゃんと柚原さんは微妙に居心地が悪そうですが、クラスメイトとはいえ初めてのおうちにお邪魔したのですから、多少の気後れはあるものでしょう。


「ニコ、お友達よ。お部屋に入ってもらっても大丈夫そう?」

 お返事は聞こえませんでしたが、意思の確認は取れたようです。一子ちゃんは戸口から体をどけて私達を通してくれました。一人ひとりに錐をもみ込むような視線を向けてから、静かにドアを閉ざします。


二子ふたこさん、こんにちは。具合はどう?」

 いつもの調子を取り戻したらしい柚原さんが、早速馴れ馴れしく、もとい気さくに声を掛けました。ニコちゃんは大きなクマさんのぬいぐるみを抱っこしてベッドに横たわっています。ウルトラ可愛いのはいつもの通りですが、お顔が少々赤いようです。おでこには濡れタオルが乗っています。


「ん、おねつが、7度5分。ちょっとあたまいたい」

「その程度なら大丈夫だろ。来週には普通に出て来られるんじゃねえか」

 歌葉ちゃんはずうずうしく、もといこだわりなくベッドの傍まで行くと、どかりと腰を落としてあぐらをかきました。柚原さんもその脇に膝を崩して座ります。


「どしたの藤木さん。そんなとこに突っ立ってないでさ、こっちおいでよ。二子さんもその方が嬉しいよね?」

「まさかうつされるんじゃないかって心配してんのか? もしそうなったらあたしが付きっきりで看病してやるよ。着替えでもなんでも手伝ってやるから。こっち来いって」

 もちろんまるで見当外れの心配です。ニコちゃんに風邪をうつされるならいっそ嬉しいぐらいです。そんなことは何の問題にもなりません。


「……妙?」

 ニコちゃんが不思議そうに私を見ます。浅はかでした。考えが足りていませんでした。私のようなお子様には、お見舞いはまだ早かったのです。


 だってニコちゃんがベッドに寝ています。布団の下は薄いパジャマを着ただけの格好で、体を火照らせているのです。これ以上近付いて私に何をしろと言うのでしょう。ニコちゃんは病気なのに、体に激しく負担のかかるような行為をするのでしょうか。そんなこと私にはできない、ことはありませんが、したくない、こともありませんが、しない方がいいのではとゴーストが囁きます。己の自制心の強さが憎いです。


「妙も、あたまいたい?」

「ううん、私は全然大丈夫だよ。心配してくれてありがとうね、ニコちゃん」

 私は精一杯の笑顔を作りました。ニコちゃんの心を煩わせてはいけません。そんなことではお婿さん失格です。お嫁さん落第です。


「こっちに来て?」

 私はなおも動けません。ニコちゃんの眉が曇ります。気の短い歌葉ちゃんが盛大に舌打ちをして立ち上がると、私の手を掴んで引き寄せました。


「座れよ。何のために来たんだっての」

 私はベッドの傍らによろよろと膝をつきました。身を支えようとベッドの上に手をつきました。心を潤そうとニコちゃんに口をつけたくなりました。


「ん、しょ」

 ニコちゃんがクマさんのぬいぐるみを置いて身を起こします。

「ニコちゃん? 熱があるならちゃんと寝てた方が……」

「来て。もっとちかく」


 ニコちゃんの求めなら応じないわけにはいきません。私は超速で身を寄せました。一つ間違えば簡単に肌が触れ合ってしまえる距離です。なのでもし間違ってここやあそこに触れたとしても、あくまで不可抗力であって私に罪はありません。

「ちゅー」


 ……はい?

 今、宇宙が揺らぎました。

 まるで星のかけらが飛んできみたいに、おでこの真ん中がじんじんします。熱さで血液が沸騰してしまいそうになっています。


「おねえちゃんがおしえてくれた、げんきになるおまじない。ニコもはやく良くなるから、妙もげんき出してね?」

「おー、二子ふたこさんってば積極的だねー」

「二子、てめ、何を、妙に、あたしだって、まだ」


「まあまあ神楽坂さん、ここは若い人同士に任せてさ。わたし達は温かく見守ろう?」

「だだ駄目だ、妙の純潔はあああたしが、あたたたしのっ」

 私はにこりと微笑みました。


「そろそろおいとましようか。じゃあニコちゃん、お大事にね」

「あれ? 意外と冷静だ」

「まままさか、しょっちゅちゅちゅう、こんななな、こととと、してるんじゃじゃじゃ」


 私は柚原さんと歌葉ちゃんを促して立ち上がりました。長居をしてニコちゃんを疲れさせてしまってはいけません。せっかくお見舞いに来たのに、それでは本末転倒になってしまいます。


 ニコちゃんは再びベッドに横たわり、私達は静かに部屋を出ました。最後に小さく手を振ってからドアを締めます。

「あら、もう帰るの? よかったわ」

「はい、お邪魔しました」


 すぐ外にぴたりと張りついていたらしい一子ちゃんに挨拶します。一子ちゃんはとても嬉しそうに私達を玄関先まで送ってくれました。

 そしてマンションのエントランスに戻ったところで私の記憶は途切れています。


 あとで聞いたところによると、マンションを一歩出たところで私は倒れ、歌葉ちゃんの背中に文字通り担がれて病院に運ばれました。熱が40度2分あったそうです。

 一晩寝たらすっかり良くなっていたので、たぶんただの風邪だと思います。皆さんもうがいと手洗いを心掛けましょう。

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