第10話 お見舞い その3

 いよいよ505号室の前までやって来ました。柚原さんはちらりと私を振り返りましたが、結局自分でチャイムを押します。

“はい”

「柚原です。二子にこさんのクラスメイトの」

“はい、お待ち下さい”

 玄関ドアが開きます。


「いらっしゃい。ニコの姉の一子いちこです。わざわざありがとう。ニコも喜んでいるわ」

「はい、いえ、こちらこそすいません、急に押しかけたりして。その、ご迷惑じゃないといいんですけど」


 柚原さんにしては珍しく緊張気味の態度です。その気持ちは分ります。ニコちゃんとはタイプが違いますが、一子ちゃんも大変な美人さんです。夜な夜な機織りをしていたり、言い寄る男性に無理難題を吹きかけた挙げ句、月へ帰ってしまいそうな風情があります。


 夜な夜なチェーンを振り回したり、因縁をつける男性を片っ端からぶっ飛ばしていそうな歌葉ちゃんでさえ、ぽーっと頬を染めています。ミーハーです。尻軽です。見た目に惑わされるようではまだまだです。


「柚原さんね。ちょっと失礼」

「はい、いっ!?」

 柚原さんは悲鳴を上げました。一子ちゃんが両のお胸を鷲掴みです。


「ニコのクラスメイトっていうことは、あなたまだ中一よね。それでこの大きさ? 本物? 中に暗器とか毒物とか仕込んでいない?」

 思う存分揉みしだきます。縦横無尽にいじり倒します。柚原さんは早くも息絶え絶えの様相です。のぼせたみたいに真っ赤です。もう一子ちゃんに逆らうことはできません。


「はい、ボディチェック終わり。一応入室を許可するわ。じゃあ次はあなた、名前は?」

「待て、あたしは何も隠し持ったりなんかしてねえぞ!?」

 歌葉ちゃんは両腕で胸を覆い隠しました。


「そんなの見れば分るわよ。あなたの場合チェックするのはこっち」

「――――!」

 声にならない絶叫が弾けました。一子ちゃんは片手で歌葉ちゃんのスカートをまくり上げ、もう片手でお股をロックしてしまいました。可愛らしいピンクの水玉をぐいぐいと締め上げます。


「あら、本当にちゃんと女の子なのね。やけに背が高いわりに胸は真っ平らだから、念のためって思ったけど。質問に答えなさい。名前は? ニコとの関係は? 今日は何をしに来たの? ニコをどうする気?」


「か……神楽坂、歌葉、二子ふたことはただのクラスメイトで……今日は見舞い、ってかその付き添い……二子をどうかしようなんて、これっぽっちも……!」

「本当に?」

 歌葉ちゃんは涙を浮かべながらぶんぶんと頷きます。一子ちゃんは間近から瞳を覗き込んだのち、やっと納得したように解放しました。


「まあいいわ。嘘はついてないと認めてあげる」

 歌葉ちゃんはその場にぺしゃんと腰を落としてしまいました。その隣では柚原さんもまだ荒い息をついています。


 これぞ一子ちゃんの究極奥義、イヤンヤン・クロー、百合の爪です。私が初めてその洗礼を受けた時には、半日ほど足腰が立なくなりました(レーティング上の都合により、詳細については省きます)。


「悪く思わないでね。万が一にもニコに仇なす人だったら困るから。妙ちゃんなら分ってくれるわよね?」

 一子ちゃんが親しげな笑みを向けてきます。ですがその優美に細められた瞳は深淵なる闇を秘めています。もしも受け答えを誤ったら首が飛ぶ可能性も無きにしもあらずです。


「はい、一子ちゃんみたいなお姉さんがいてニコちゃんは本当に幸せだと思います。これ、お見舞いのプリンです。ニコちゃんにあげてください。もしよかったら一子ちゃんもどうぞ」

「ありがとう。ひょっとして毒入りかしら……なんてね? 私はニコのお友達を分解なんてしたくないんだからね? 冗談でもそういうことしちゃ駄目よ?」


「もちろんです。ニコちゃんは私の命ですから」

「はあん? ニコと生涯の契りでも結んだつもりか、おい?」

「ニコちゃんは私の大切なお友達ですから」

 私は即座に言い直しました。私とニコちゃんの絆は私達二人が知っていればいいことです。愛の重い小姑には適当にお茶を濁しておくのが賢いでしょう。


 一子ちゃんは耳まで裂けて牙を露出させていた口を上品に閉じると、満足そうに頷きました。

「さあ、遠慮しないで上がって。ニコのお部屋に案内するわ。でも最低限の礼儀は守ってね? 盗聴器とか隠しカメラとか仕掛けたらすぐ分っちゃうわよ?」

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