第7話 買い食い その3
「どうぞ。いちごもおいしいよ」
私は自分のソフトクリームを差し出しました。ニコちゃんはためらいなく食いつきます。一本釣り成功です。
けれどニコちゃんは大変貴重な希少種なので、捕獲は自粛しておきます。やはり自然のままを楽しむのが一番です。
「おいしい、ニコちゃん?」
「ん。妙も、ニコのたべて」
「わーい、ありがとうニコちゃん。いただきます」
私はお言葉に甘えてニコちゃんに、いえニコちゃんのぶどうソフトに口をつけました。こころなしかニコちゃんの味がします。私はニコちゃんを味わっています。これがニコちゃんです。ニコちゃんが私です。
自分のとニコちゃんのを私達は交互に舐めっこします。ぺろぺろします。ぺろぺろされます。ソフトクリームと一緒に、体のとある部分までとろとろと溶けてしまいそうです。
ところでさっきから歌葉ちゃんが血涙を流しながらこちらを睨んでいますが、もしかして口から入れたいちごソフトを目から分泌しているのでしょうか。人体の神秘です。
「わたしにも一口ちょーだい、って言えばいいのに」
柚原さんが歌葉ちゃんにトンと肩をぶつけました。歌葉ちゃんは声を尖らせて言い返します。
「種類同じなのにかよ。変だろ。ってか、そもそもそんなことしたくねーし」
「ふーん、そうなんだ。ねえ、藤木さん、いちごもおいしそうだね。一口もらってもいいかな?」
「うん、いいよ。はいどうぞ」
おいしいものを分け合うのは素敵なことです。私が差し出したいちごソフトを柚原さんはぺろっとすると、お返しに白桃ソフトをくれます。
「ありがと。わたしのもどうぞ」
「ありがとう。それじゃあ遠慮なく」
一口ぺろりといただきます。桃らしい濃厚な甘さです。思わずほっぺがゆるみます。
「ふふん」
柚原さんはなぜかドヤ顔で歌葉ちゃんに微笑みました。歌葉ちゃんはぎりぎりと唇を噛み締めてそっぽを向いてしまいます。
「素直じゃないなあ」
柚原さんがまた歌葉ちゃんに肩をぶつけます。あ、歌葉ちゃんの右手がチョップの形を作りました。どうやら柚原さんはやり過ぎてしまったようです。私達のクラスは明日から暫く学級委員長不在になりそうです。
「ん」
しかし修羅の歌葉ちゃんにニコちゃんからぶどうソフトのお供えです。勿体ないです。ありがたいです。尊いです。ニコちゃんは大慈悲の菩薩です。
対してきっと歓喜の余りでしょう、歌葉ちゃんはつんけんと凄みます。
「なんのつもりだよ、
「ばばさんは、ニコのおともだちだから。ニコのもたべて?」
「ふざけんな、あたしは馬場でもてめぇの友達でもねーっての。神楽坂歌葉、妙のいいなずけだ」
たぶん違うと思います。
「おいしいよ? 歌葉もたべて?」
「……ったく」
ソーラ・レイのように真っ直ぐなニコちゃんのまなざしには何人たりとも逆らえません。歌葉ちゃんは高い背を屈めてニコちゃんのぶどうソフトをひと舐めすると、自分のいちごソフトを差し出しました。
「ほらよ」
「ん。おいしい」
「そうかよ。どうでもいいけどな」
「歌葉ちゃん、よかったら私とも一口交換する?」
「なっ……!? 待て、落ち着けあたし、すぅー、はぁー、ふぅ。お、おう。まあ妙がどうしてもって言うんならな? してやらねえこともないけど?」
「ううん、気が進まないならいいの。ごめんね」
「いやいやいや、ちょー進むから! 一日百時間ぐらい進みまくりだから!」
「じゃあ、はい」
「……うん」
歌葉ちゃんは私のいちごソフトにそっと唇を触れさせました。ですがすぐに離してしまいます。これではちっとも食べられていない気がします。仕方がないので私は歌葉ちゃんのをがっつりと食べてあげました。
「よかったね、神楽坂さん」
柚原さんが歌葉ちゃんを祝福します。理由はよく分りませんが、何かいいことがあったみたいです。
「うるせえぞ柚原、あたしは別に……」
歌葉ちゃんの顔が真っ赤です。もしかしていちごの色素が肌に浮いてきたのでしょうか。再び人体の神秘です。
「……で、お前は何してんだ」
歌葉ちゃんはじとりと視線を下に向けました。その足元では、縹さんがひざまずいて子犬のように舌を突き出しています。
「はふははははふほ、ほほふひほ、はっへひはふ」
「何言ってんだかさっぱり分んねえよ。とりあえずきめーから立て」
「へほっ」
「あたしのアイスちょっとやるから。な? 人として振る舞おうぜ?」
「はひっ!」
縹さんはしっぽを振らんばかりに立ち上がりました。歌葉ちゃんのソフトクリームを口にするやいなや、まるで天国に片足を突っ込んだみたいに目を細めます。見ているこっちまで和みそうな表情です。よく怒ったような顔をしている歌葉ちゃんと足して二で割ればちょうど良いかもしれません。
「歌葉ちゃんと縹さんはすっかり仲良しさんだね。私も上手くいくように応援するね。末永くお幸せにね」
「やめろ」
「あたっ」
なんと祝福の代償はデコピンでした。ひどいです。なのでちょっぴり嬉しく感じてしまったことは、歌葉ちゃんには内緒です。
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