第6話 買い食い その2

「ぱん」

 のんびりと力の抜ける声が掛けられました。ニコちゃんです。その魔術的な癒やし効果に私はつい寝てしまいそうになりましたが、直後に上がった悲鳴のせいですぐに目を覚まされます。


「いてぇ!?」

「はうんっ!」

 歌葉ちゃんと縹さんが同時に床に崩れ落ちます。どうやら足に来ているらしく、すぐには立ち上がれそうにありません。張り手一発、ニコちゃんの大勝利です。


二子ふたこ、てめぇ何しやがる!」

「二子さん……? 気持ちは嬉しいけど、ボクやっぱり神楽坂さんにされる方が……」

 ニコちゃんは怒り戸惑う二人を順繰りに眺め、昇降口をぐるりと見渡し、柚原さんを経由してから最後に私に目を止めました。私は大きく頷きます。


「うん、そうだね。みんな、ニコちゃんがこんなところでお喋りしてたら、めっ、だって。他の人の邪魔になるよって」

「……すげぇな、妙。今ので二子が何言いたいのか分ったのかよ?」

「もちろん分るよ。だって電波で飛ばしてもらったもん」


 もったいぶることなく私はすぐにタネを明かしました。要は携帯電話と一緒です。現代人なら常識です。なのになぜかニコちゃん以外の三人はひどくびっくりした顔をしています。

「あはは、とりあえず外に出よっか」

 柚原さんが気を取り直したように言いました。私達は賛成しました。




 みんなでてくてくと下校します。政治的に正しいのはニコちゃんと二人きりでいることですが、大人数でわいわいがやがやと帰るのもこれはこれで楽しいものです。

「ね、ソフトクリーム新発売だって。食べてかない?」

 学校近くのコンビニの幟を見た柚原さんが言いました。全部で四種類、店内の機械で盛り付けて出してくれるみたいです。


 まだ五月上旬だというのに今日の最高気温は28℃に達しています。傾き始めてもなお強い日差しが冬服のセーラー服を照らしています。確かに冷たいものが欲しくなってくるところです。


「お、いいな、寄ってこうぜ」

「うーん、おいしそうだけど、買い食いなんてお行儀が悪いよ」

 秒速で欲望に堕した歌葉ちゃんを、歩く品行方正こと私はやんわりとたしなめました。今どき古い考え方だと馬鹿にされてしまいそうですが、やはり女の子は慎み深い方が好ましいと思います。


「ニコも、たべたい」

「そうだねニコちゃん! 一緒に食べようね!」

 私は元気いっぱいに答えました。学校帰りにソフトクリーム、まさに女子中学生のあるべき姿です。甘酸っぱい青春の香りです。


「……ボクは自分で買わなくてもいいかな。神楽坂さんの食べ残しを貰えれば十分だもんね」

「ぜってーやらねーからな。欲しけりゃ自分で買いやがれ」

「くすん、神楽坂さんに意地悪されました……うふふっ」

 縹さんが半べそをかきながらほくそ笑みます。なかなか感情表現が豊かなようです。


「ニコちゃんは何味がいい?」

 コンビニに入ると、私達は早速お目当てのソフトクリームを買うことにしました。

「ぶどう」


「妙はどれにするんだ?」

「私はいちごかなぁ」

「だろ、あたしもいちごにしようと思ってたんだ。やっぱあたし達は気が合うな」


「でも白桃もよさそう」

「桃な、うまいよな。妙の尻みたいだしな。じゃあ桃にしとくか」

「味わいミルク……いいかも」

「味わっとくか? 妙のミルクを?」


「やっぱりいちごにしよう。すいません、ソフトクリームのぶどうといちごをください」

「やっぱいちごで決まりだよな。あたしと妙はいちご姉妹だしな」


 心が駄目になってしまったらしい歌葉ちゃんのことはそっとしておいて、私はニコちゃんとお店を出ました。すぐにみんなもソフトクリームを持って続きます。柚原さんは白桃、縹さんは味わいミルクにしたようです。


「はい、ニコちゃん。ぶどうだよ」

「ん」

 ニコちゃんは紙に包まれたコーンを手に取ると、大胆にお口を開けました。舌でたっぷりとクリームを掬い取り、むぐむぐごっくん。


「おいしい?」

「ん」

「よかったね。じゃあ私も」

 いちごソフトをぺろり。冷たく爽やかな甘みが口の中を満たします。これが幸福というものです。

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