買い食い
第5話 買い食い その1
新しい席での第一日目が終了しました。日直の人の号令に合わせてみんなでさようならをします。
「皆さん、さようなら。そして私にもさようなら。やっぱり私は皆さんからさよならされるのがお似合いですね。この世界にもさよならした方が良いですね」
さつき先生が安定の潜降能力を発揮します。ですが
私はカバンに手を掛けました。
「よお
しかし立ち上がった私の行く手を、はあはあと変質者さながらに息を荒げた
「いいぜ、一緒に行ってやるよ。ちっこいお前一人じゃいざって時に困るだろ。変な男が寄ってきたりとかさ。なんせ妙はか、かわ、可愛いから、な……」
「大丈夫、ちゃんと支度はできてるよ。帰ろう、ニコちゃん」
「ん」
ニコちゃんはこくりと頷きました。私が用意してあげたカバンを持って、よっこいしょと席を立ちます。本当は抱きかかえていきたいところですが、非力な私には難しいので空いた方の手を繋ぐだけで我慢します。そろそろ筋力増強剤の服用を検討すべき頃かもしれません。
「……あたしが守ってやるぜ。妙を傷つける奴は許さねえ。傷つけていいのはあたしだけだ……って、聞けよ! 置いてくなよ! しまいには泣くぞ!?」
せっかく迂回したのもつかの間、歌葉ちゃんが追いかけてきました。私は足を緩めます。どうせ走っても逃げ切れません。武力制裁を発動されて痛い思いをするだけ損ですし、万一本当に泣かれでもしたら、慰めるのが大変です。
歌葉ちゃんは私とニコちゃんが繋いだ手をガン見します。羨ましがっているのが丸分りです。
でも駄目です。宇宙の至宝、ニコちゃんの隣は今は私の占有です。欲しければ行動あるのみ、先手必勝、常在戦場がもののふの心得というものです。
「はあ……リードと首輪、買おうかな。そしたら
歌葉ちゃんの半歩後ろに付き従っているのは
下駄箱で外靴に履き替えます。私達の通う
のんびり穏やかで品のいい校風を私はとても気に入っているのですが、その代わり少し個性に欠ける人が多い気もします。きっと私達などはその典型でしょう。
「おい、何してんだ縹」
私がニコちゃんに靴を履かせていると、歌葉ちゃんの険しい声が聞こえてきました。つき合いの長い私ならともかく、縹さんにはかなり怖く感じられるかもしれません。変にこじれたりしないよう、注意が必要です。
「あ、温めておこうと思って……神楽坂さんのおみ足が冷えないように」
縹さんは歌葉ちゃんの靴を自分の頬にこすりつけていました。若かりし頃の豊臣秀吉と織田信長をほうふつさせます。ちょっといい話です。忠義者です。
「超いらねーよ。あたし別に冷え性じゃねえし、今もう五月だし、うわっ、やめろ馬鹿、匂い嗅いでんじゃねえ!」
歌葉ちゃんは得意のチョップで縹さんの手から靴を叩き落としました。
「あん、痛っ!」
チョップが掠めたらしく、縹さんは鼻を押さえてうずくまります。
「痛いです、神楽坂さん……」
「うっ、悪ぃ、つい。でもお前がキモいことするからだぜ。鼻血とか出てないか? 保健室連れてった方がいいか?」
「ううん、平気、です。平気だから……神楽坂さん、もっとボクを」
縹さんはうっとりと歌葉ちゃんを見上げます。膝をついて擦り寄ります。そして、
「ボクをぶってください!」、縹さんは確かにそう言いました。
私はびっくりして思わず眉をひそめてしまいました。これはちょっといただけません。
だって女の子なのに一人称がボクです。これではお世辞にもお淑やかとは言えないでしょう。
さすがの歌葉ちゃんもタジタジです。こめかみに汗を浮かべながら後退りしようとしましたが、背中を下駄箱に塞がれて逃げられません。
「寄るなよ、キモい! あたしにそんな趣味はねえんだよ!」
「あれれー、そうなの? じゃあさ、もし
後方からクリティカルな一撃が射出されました。みんなの学級委員長、柚原さんが満を持しての登場です。
「妙が、あたしに、もっとぶって……だと?」
さすがは柚原さん、結構なお手前です。歌葉ちゃんの目はもう完全にトンでいます。縹さんと二人でヘンタイ飛行です。
もはや私達の手には負えません。善良な小市民としては逃げるが勝ちです。私がそう思った時でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます