第4話 席替え その4

 暫くざわめいていた教室ですが、みんなのお引越しが完了すると、だんだん落ち着きを取り戻しました。

 当然でしょう。私達はもう中学生です。立派な大人です。席替えの一つや二つで大騒ぎしてなんていられません。


「みんな新しい席に着きましたね。いいですか? よくない? でも世の中ままならないことばかりです。二年生になればクラス替えもあります。嫌な人間関係もリセットできます。それまで我慢してください」


 学級委員長の柚原ゆずはらさんの手により、教卓の後ろから発掘されたさつき先生が有り難いお話をしてくれます。不用意に刺激するとまた丸まって埋まってしまうので、みんな神妙に聞いています。

 と思いきや、どうしようもなく空気の読めない人がいた模様です。


「マジかよ……ってことは、一年間ずっとこのままなのか? 勘弁してくれよ……」

 打ちひしがれた様子で嘆いたのは、脳天チョッパー歌葉うたはちゃんです。何かあったのでしょうか。


 そういえばさっき教室から出て行ったようでしたが、たぶんトイレだろうと余り気にしていませんでした。

 歌葉ちゃんのおしっこが近いのは有名です。小三の時、私のうちにお泊まりに来ておねしょをしたエピソードはクラスのほとんどの人が知っています。もちろん話したのは私です。


 テンションだだ下がりの歌葉ちゃんに、先生は菩薩のようなまなざしを向けました。

「そうですよね、神楽坂かぐらざかさん。一年間も先生の顔を見続けるなんて嫌に決まってますよね。私なんてもう十七年間も見続けてるんです。もうそろそろ終わりにしてもいいかなって最近思い始めたところです。神楽坂さんのおかげで思い切った決断ができそうです」


「ちょっ、さつきちゃん、待ってよ、あたしは何もそんなつもりじゃ……だから早まるなよ? 悩み事とかあったら聞くからさ、な?」

「せんせー、どうして十七年なんですか? 例えば三歳で鏡を見ることを覚えたとしても、二十四年ですよね?」


 慌てる歌葉ちゃんとは対照的に、柚原さんが物怖じすることなく質問します。さすがはいいんちょさんです。大胆不敵です。

「永遠の十七歳……素敵な響きですよね。でも許される人と許されない人がいますよね。私は絶対後者ですよね……分ってるんです。ちょっと言ってみただけです……」


 いけません。先生が沈んでいきます。船底に穴を開けたのは柚原さんですが、初めにいらぬ波風を立てたのは歌葉ちゃんです。それなら私がフォローしてもバチは当たらないでしょう。


「はい、さつき先生」

「……なんでしょうか、藤木さん」

「先生はちゃんと可愛いし素敵です。クラスの子もみんなそう思ってます。ね、ニコちゃん?」


 私の問いにニコちゃんは首を傾げます。普通に黒いのに不思議と透明感のある虚無の瞳で先生のことを見つめます。

 暫くそうしていてから、おもむろに私の方を向いて言いました。

「妙のほうが、かわいいよ?」

 私は昇天しました。


 さつき先生は教壇の藻屑と消え、「残りの時間は自習にしておきますねー」と柚原さんが例によって指示を出しましたが、泡を吹き痙攣する私にとっては既に遠い別世界の出来事でした。完(嘘です。もしかしたら続きます)。

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