第2話 席替え その2

 自分の机を持ってとてとてと窓際に移動します。指定の場所に設置完了、私は椅子に腰を下ろしました。ちょうど新しいお隣さんもお引っ越しが終わったところのようです。


 より良き人間関係はまず挨拶から。私はきちんと愛想笑いを浮かべて顔を向けました。

「これからよろしくね、ニコちゃん」


 あれ? 何かちょっと変な気がします。でも私はすぐに違和感を忘れ去りました。

 だって隣にニコちゃんがいます。私を見つめ返してちょっと首を傾げています。この世界に他に大事なことなんてありません。


「よおたえ、今日から隣だな。ビシバシしばいてやるから楽しみに、って、てめぇ二子ふたこ!? そこはあたしの席だろうがよ。なんでしれっと座ってやがんだ、どきやがれ!」


 警戒警報発令、歌葉うたはちゃんが現れました!

 歌葉ちゃんは天板を割りそうな勢いでニコちゃんの机に掌を叩きつけます。そのあとにはぺんぺん草一本生えていません。ですが代わりに数字が書かれた紙切れが一枚載っていました。


 その番号は私の隣の席に割り当てられたものでした。なんということでしょう。つまり本来ニコちゃんが手にするはずだったくじを、歌葉ちゃんが暴虐にも奪い取ったというのが事の真相だったのです。今明かされた衝撃の黒歴史です。


 邪智暴虐の王こと歌葉ちゃんがバンバンと机を叩いて凄みます。

「おい、聞いてるのか!? シカトしてるとはっ倒すぞ!」

 荒ぶる歌葉ちゃんをニコちゃんは純な瞳で見返しました。

「あなたはだれ? ニコのおともだち? それとも新しいお父さんかしら?」


 今日初めてニコちゃんが口を開きました。ありがたいことです。耳は性感帯なのだということを私はビクンビクンと理解しました。

 ですが物の価値の分らない歌葉ちゃんは怪訝な顔です。


「……はあ? あたしは女で同い年だっつの。なのになんでてめぇの父ちゃんなんだよ。しかも新しいとかってわけが分んね……」

 歌葉ちゃんははっとしたように口を噤みました。私に探るような視線を向けます。何やら複雑な家庭環境の可能性を考えたみたいです。


 私の知る限り、ニコちゃんのご両親は健在です。特に離婚しそうだという話も聞きません。

 心配そうな歌葉ちゃんに、私はどうとも取れる曖昧な微笑を返しました。狙い通り歌葉ちゃんは黙ります。その隙にニコちゃんに歌葉ちゃんのことを教えてあげます。


「この人はね、ジャイアント馬場さん、昭和の名プロレスラーだよ。身長が209センチもあるの。すごいよね!」

「そんなにねぇよ! つうか誰だよそれ! それとあたしは女だっての!」

 私のユーモア溢れる紹介に、歌葉ちゃんは三連続で突っ込みました。息は荒く、顔を真っ赤にしています。熱でもあるのでしょうか。心配です。


「歌葉ちゃん、大丈夫。歌葉ちゃんが本当は女の子だってこと、私はちゃんと知ってるよ。いっぱい見たことあるもんね」

「うっ、そりゃ妙には何回も見られてるけど、って、そもそもあたしは女だってこと隠してねえから! みんな知ってるから!」


「え……? 歌葉ちゃん、それはさすがによくないよ。女の子の大事なところを誰も彼もに隠さず見せるなんて。おまわりさんに捕まっちゃうよ?」

「見せてねえよ! 妙だけだよ! ……あー、ちょっと待て。突っ込みすぎてくらっと来た」


 歌葉ちゃんは机にへたり込みました。その頭をニコちゃんが撫で撫でします。大変に羨ましいです。私ももっとガンガン突っ込むべきでしょうか。ニコちゃんのあんなところやそんなところに。おっといけません。想像したら鼻血が出そうになりました。


「……とにかく、その席はあたしのもんだ。さっさとどいてもらおうか」

 歌葉ちゃんにあくまで引く気はなさそうです。仕方ありません。もし腕ずくになったら私に勝ち目はありません。


「分ったよ。歌葉ちゃんはどうしてもここがいいんだね」

 その気持ちは痛いぐらいに分ります。なにしろ歌葉ちゃんとは赤ちゃんの頃からのおつき合いです。お見通しです。


 歌葉ちゃんはほっこりと笑いました。

「妙……うん、そうだよ。あたしはここがいいんだ」

「じゃあ代わってあげる。ニコちゃんのことをよろしくね? 大事にしてあげてね?」


 私は涙を呑んで立ち上がりました。だって宇宙で一番大切な人と、クラスで十何番目かに大切な気がしないでもない幼馴染みとが友情を育むためです。快く譲ってあげるのが物分りのいい女というものでしょう。

「それじゃ意味ねぇー!」

 歌葉ちゃんは絶叫しました。おかしな人ですね。

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