ニコニコサイコパス

しかも・かくの

席替え

第1話 席替え その1

 五月の連休明けの月曜日、一時間目のホームルームの冒頭で、一年一組担任の真野まのさつき先生は衝撃の爆弾発言をぶちかましました。


「今日は席替えをします」


 私、藤木ふじきたえは一瞬意味が分りませんでした。

 すみません、嘘です。

 いくら国語が苦手な私でも、そのぐらいは理解できます。だけど心が受け入れることを拒んでしまったのです。だってそれは世界の終わりです。


「ねえニコちゃん、今の聞いた? ううん、聞いてないよね。きっとわたしの聞き違いだよね」


 私は隣の席の二子ふたこ二子にこちゃんに話しかけました。ニコちゃんは私の方を向いて微かに首を傾げました。澄んだ瞳が瞬きのたびにきらきらと光を放ちます。内緒だけど私はちょっとイッてしまいました。


 ニコちゃんは宇宙で一番可愛らしい女の子です。神様が私のために遣わした天使なのです。

 なのに席替えをするということは、私がニコちゃんと離れてしまうかもしれないということです。隣を見ればいつもそこにニコちゃんがいる、その楽園が失われる危険があるということです。


 そんな極悪非道は許されません。宇宙の摂理に反しています。たとえ神様が許しても、この私が許しません。


「くじ引きでいいですか? 駄目? 一応作ってきたんですけど。駄目ですよね。先生の作ったものなんて、みんな触りたくもないですよね。すいません。ごめんなさい。許してくれなくていいです。先生にみんなに許してもらう資格はないんです。でもしょうがないじゃないですか。学年主任に言われちゃったんですから。そろそろ席替えしたらどうですかって。だから私なりに一生懸命考えて、良かれと思って作ったんです。でもそれがいけなかったんですよね」

「せんせー、いいからやりましょうよ。ホームルームの時間終わっちゃいますから。ね?」


 学級委員長の柚原ゆずはらさんが、さつき先生の繰り言を遮りました。クラスのみんなも頷いています。席替えに賛成か反対かはともかく、先生のささやかな努力を無駄にしたくはないのでしょう。


 それについては私も同じです。先生なりに頑張ったのですから、認めてあげないわけにはいけません。

 要はくじ引きでニコちゃんの隣の席を引き当てればいいのです。とても簡単なお仕事です。


「ニコちゃん、絶対また隣同士になろうね!」

 私は互いの健闘を祈って力強く拳を突き出しました。ニコちゃんは拳をコツンと合わせる代わりに、ガラス玉みたいなまなざしを向けてくれました。またちょっとイッてしまいそうになりながら、私は確信しました。私達の思いは一つです。ニコちゃんも私の隣にいることを望んでいます。


 一緒に教卓の前に行き、先生の持ってきた箱からくじを引きます。結果が出ました。私は窓際の一番前の席です。


「ニコちゃんはどうだった?」

 ニコちゃんが引いたくじをむしり取り、紙に書かれていた番号を黒板に張られた座席表と照らし合わせます。

 廊下側の一番後ろの席でした。重大なる不正発覚です。


「ニコちゃん、こんなのおかしいよね! 絶対認められないよね! じゃあもう一回引こっか。課金とか必要ないから、欲しいのが出るまで引けるよ!」

「ていっ」

「あ痛っ?」

 私は頭部に激痛を覚えました。斧でも振り下ろされたのでしょうか? そんなことをされたら死んでしまいます。私は強い抗議の意思を込めて振り返りました。


「アホなこと言ってないで引いたんならさっさとどけよ。しばくぞ」

「あ、歌葉うたはちゃん。ごめんなさい」


 私はしゅんとして場所を開けました。私に脳天チョップをお見舞いしたのは、幼馴染みの神楽坂かぐらざか歌葉ちゃんです。歌葉ちゃんは私より二十センチも背が高いので、打ち下ろす手刀の威力もバツグンです。逆らったら流血必至です。


「う、あ、いや、分ればいいんだよ、分れば……あたしはただ妙に痛いことできればそれでいいんだし……」

 何やらぶつぶつと呟いている歌葉ちゃんのことはサクッと無視して、私はニコちゃんの手を引いて自分達の席に戻りました。


「いよっしゃー、妙の隣の席ゲットー!」

 そんな叫び声が聞こえた気もしましたが、全くそれどころではありません。ニコちゃんの隣にいられる時間はあとわずかなのです。


 私はニコちゃんと指を絡めました。いわゆる恋人繋ぎです。ニコちゃんはもちろん嫌がったりしません。というか何の反応もありません。それだけこの状態を自然だと感じているということなのでしょう。異論は認めません。


「おっけー、全員引き終わったね。じゃあ新しい席に移動しよー」

 教卓の後ろで膝を抱えて自分の心の中に引きこもっているさつき先生に代わり、柚原さんが指示を出します。「おー」とか「いぇー」とか「やっふぅー!」とかノリノリで応えている人達に、私はほんのり殺意を覚えました。私とニコちゃんが引き離される不幸を喜ぶなんてひどいです。


 ですがしょせん私は無力な子羊です。世間の荒波には抗えません。

「じゃあね、ニコちゃん。来世になっても一緒だよ」

 最後にぎゅっと強く握り締めてから、私は泣く泣くニコちゃんの手を離しました。

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