無虫――1

 カフェを出たのが六時前であり、食事を摂らないまま僕と影踏かげふみ篠生しのうの部屋まで行った。

 僕が部屋のチャイムを鳴らすと、しかし、反応は何一つとして返ってこなかった。七時まではおよそ一五分ある。流石に早く来すぎてしまったのかと思い、もう

一度自室に戻ろうとしたが、影踏はドアを一瞥すると、

「あれ? でも、これ開いているみたいよ?」

 といって、そのまま彼女の部屋の中に入っていった。


「あ、おい。流石に失礼だろ」

「でも、開いているんだからいいんじゃないの? 大丈夫だって、アンタが必死で

謝ればきっと許してくれるから」

「そういうものなのか……って、お前も謝れよ!」

「怪異たるもの、謝らざること山のごとし、よ」

「その考え方が誤ってんだよ! むしろ烈火の如く炎上しろ!」


 結局、どんどん奥へ奥へと進んでいく彼女を止めることはできず、僕は彼女の背中を負った。

 しばらくすると奥の方から声が聞こえた。


「えっと、染野さんですかー?」

「あ、いたんだ」

「私のお部屋ですよ? いるに決まっているじゃないですか?」

「いや、だって空き巣みたいに暗いし」

「今、私のマイルームを空き巣って言いましたか!? 流石にひどくないですか!?」

「そう思うなら、灯りをつけてくれ」

「あははは。今はちょっと無理なんです」


 少し困ったように彼女は笑った。どうして、灯りをつけることができないのか不審に思ったが、家主の許可も下りたため、気後れすることなく部屋の中に入っていける。

 辺りは暗闇で視界が全く使い物にならない。寮の玄関から射す人工的な光だけが、僕の頼りであった。

 玄関の間取りが僕の部屋と酷似しているというのも幸いだった。ここに来てから日は浅いとはいえ、何かにつまずいて負傷を負わなかったのは、そのおかげであった。


 玄関を抜け扉を開くと、そこは比較的大きな一部屋となっている。とはいえ、キッチンや机、本棚にベッドも置く必要があるので、その広さを実感することはできない。僕のようにちゃぶ台と敷き布団で過ごすなら話はまた別である。

 壁に手をつけて僕は照明のスイッチを探した。しばらくしてそれっぽいものの感触を手にした僕は、一応、皆につけるなと断ってからスイッチをつけた。


 パチンッ! という個気味いい音と供に、天井の照明がついて部屋の中の闇を払った。急速に回復する視界。暗闇に目が適応しかけていた僕に光が刺さった。目を閉じることを余儀なくされた僕は、数秒後に再び目を開けた。


 なるほど、確かにこれでは照明をつけることはできまい。僕は目の前に広がる光景を見て得心した。

レンズのピントが合うようにして、回復していく中、僕が捉えたもの。

 それは――。


 ――それは、手足を縄でグルグル巻きにされた篠生時子の姿であった。

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