出遭い――8
「やあ、少年。青春を楽しんで――いないね、その表情」
図書室の司書を務めている
入学したばかりだというのに、こうも親しく接してくれるのは、春休みの件に彼女も関与しているからである。とはいえ、あの日以来彼女とは出会っていなかたので、なかなかどうして新鮮である。
というかまず、トンガリ帽子をつけていないことに意外性を覚える。
「大丈夫ですよ、もともとこんな顔なんです」
「そうかい? なら、いいんだけどね。まるで、春休みの時と顔つきが変わってなかったからさ」
「一ヶ月も経たずに、顔つきが変わるって相当でしょう。どれ程体型を崩したんですか、その人」
「あ、いや、そっちの顔つきではなくてね。……もしかして、はぐらかそうとしてる?」
割柏さんはなかなか勘の鋭い人だけど、言ってしまえば鋭いだけの人である。怪異にそこまで詳しくはない。知識的には僕に一歩秀でるものの、それも誤差のようなものらしい。それゆえ、彼女に篠生のことを伝えるのは躊躇われた。
「そんなわけないじゃないですか。それはそうと、この学園での過ごし方って教えてくれますか?」
「露骨な切り替えだね。まあ、いいけど。でも、少年。ここの過ごし方と言われてもねえ、特にないと思うよ。というか、アバウトすぎて分かんない。ハッキリして」
ハッキリしてと言われても、僕も何か明確な意見を求めて聞いたわけではないのだ。もう少しおぼろげな指標、もしくは精神論を求めていた。
そういう事情もあって、質問に窮した僕は、苦し紛れに彼女が答えられなさそうな題材について訊いた。すなわち、怪異のことについて。
「ああー。そういう系はお姉さん少し無理だわー。そういうのは、成くんが担当することになっているんだけどなあ。まあ、でもいいわ。現代機器のすごさを遺憾なく発揮しましょう。あ、でも、ここで立ち話もなんだし付いて来なさい」
そう言いながらスマホを出した彼女は、一旦、レディーススーツのポケットに入れて歩き始めた。
その後を付いていくと、学園内にあるカフェに着いた。
「あれ、もしかしてここに来るの初めて?」
「ええ、まあ」
「あ、そうなんだ。まあ、これから頻繁に使うと思うから、場所くらい覚えておいた方がいいと思うよ。外出許可書を発行する面倒くささは知ってるよね?」
僕は頷いた。
まず風紀委員長と生徒会会長から許可の印をもらい、その上で理事長、教頭の印も集めてこなければならない。審査自体は簡単に通るのだが、この面倒くさいやりとりを避けて通ることができないため、外出する人は少ないと聞く。
「だからみんなこういう敷地内に作られた施設でやり取りするの。買い物も、食事も全てね」
「何だか狭い世界で生きているみたいですね。……ああ、ごめんなさい。別に他意はありません」
ポロッと言葉が漏れたが、失言である。
新入生である僕にはあまり実感のないことだけど、魔法使いの家庭に生まれた彼女はずっとここで暮らしてきたのだ。それを狭いだなんて、失礼なんてものではない。流石に怒らないにせよ、気分は害してしまっただろうと思ったが、彼女は神妙な表情で頷いた。
「そうだね。うん、かなり狭い世界にいると思うよ。なまじ、こんな風に生活に必要なものは充実しているから、外に行く必要はないんだし。私も外に行った時はびっくりしたよ。え、あんなにいっぱい自動車って走るものなのって」
「まあ、田舎ですからね。都会に行けば車の量も減るんでしょうが……まあ、ここほど少なくはないですね」
「でしょ? ここって一日に数十台のトラックが通るかどうかだしね」
物資輸送以外の車両はまずもってない。
「とはいえ、成くんに言わせれば、狭い空間だからこそ怪異が存在しやすくなると言い出しそうだけどね。さて、少年。ようやく成くんに繋がりそうだよ。多分、今からならあと一時間程度は話せるんじゃないかな? 正確には三六五二秒だけど」
「秒単位でスケジュール管理されているとか、怖っ!」
「ははは! これが婚約者の力というものだよ」
見せびらかすようにして、左薬指にハマったそれを提示する彼女。
『いや、流石にそういう特殊な人はお前だけだよ……』
成樹さんの困惑が声に乗ってこちらにまで伝わってくる。しかし、長年一緒に過ごしているからだろうか、彼はそれだけでこの話を止めた。
とはいえ、まさか電話で件の成樹さんとコミュニケーションが取れるとは思っていなかった僕は、どのような話を聞こうか悩んでしまう。
『ん? 何か具体的な怪異に遭遇したわけではないのか?』
「ええ、まあ」
「というよりも、少年はこの学園での心構えとして、どう怪異と関わっていけばいいのかを訊いているみたいなんだ」
『ああ、そういうことなら、簡単だ。
思考の最中に言葉を挟まれたため、僕の意図していなかった答が口から零れた。夢虫についてできれば訊いておこうかとも思ったのだが、その返答を聞いてあまり質問するものではないと思い直した。
彼にしては面倒ごとが降って湧いたみたいな感じだろう。それに、どの道、二週間後に帰ってくる彼の援助を受けるのは無理なのだから。
『とはいえ、それはお前の望んだ答ではないだろうし。そうだな、一つ。一つだけ注意すべきことを教えよう』
「へー、なになに?」
『いや、お前――真帆に言っているわけじゃないんだけどな。まあ、いい。存人、お前がもし怪異に巻き込まれたはやはり逃げるべきなのだと思う。でも、それすら間に合わない時は腹をくくって徹底的に解決しろ。とはいえ、徹底的にだぞ? 逃げ切れないというのは、それだけ相手の思いが強いと言うことだ。呪いなんかでも分かるように、人の強い思いは時に怪異を生み出すし、そうでなくても、ベッタリとそこにはりついてはがれなくなるんだから。その際は完璧に逃げ出すのは不可能になる。だから、せめて抗え。そして後に降りかかるであろう火種を事前に、できるだけ消しておくんだ』
それから、間をおいて彼は続けた。
『あとは、放置すると言うのも手かも知れないな。この世には、時間が解決してくれる問題もあるんだから』
僕と上代さんの会話はそこで終わった。
というと、何か予想外のアクシデントに見舞われ、仕方なく切ったように思われるかも知れないが、事実は、彼が彼女とイチャイチャし始めたからである。世間話でかなり盛り上がっていた。
流石に自分の居場所がないと思った僕はその場を離れようと思った。
「あのー。すいません。僕はこれで……」
なんとかそう言って、代金をおいて帰ろうとしたが、そこを割柏さんは、
「ああ、大丈夫だよ。お姉さんに任せなさい!」
と言って、僕のお金を受け取らず、そのまま店を出るように促した。
いくら安価なカフェであり、値段が数百円であっても奢ってくれるのは非常にありがたい。一気に彼女が大人のだという感慨深いものを感じた。
出会ってから、わずか十数日しか経っていないと言うのに、この思いを抱くのは少し変である。というか、失礼でもある。
そう思いながら、僕はカフェを後にした。
ちなみに、店内にいた僕以外の生徒も、二人の電話越しのイチャつきぶりに複雑な表情をしていた。この日、ここのブラックコーヒーの摂取量が増えたとか増えなかったとか、一部でひっそりと
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