出遭い――7
四階にある風紀委員室なる場所に僕はいた。目の前には二人分の紅茶。この場合、二人とは僕と先輩をさすのではない。僕と影踏の二人をさす。
生徒会室ではなく、風紀委員室という他の学校には存在しないような部屋はさておき、あまり無視できないのが、どうしてもうすでに影踏のことがバレているのかということである。
再度繰り返すが、彼女の存在はあまり公にできるものではないのだ。いらぬ騒動を巻き起こす可能性があるらしい。
しかし、当の本人はそのことを知ってか知らずか(おそらく知らない)、出された紅茶を飲んでいた。……本当に、動じないなこの子。
先輩は自らを、
「ああ、大丈夫だよぉ。影踏ちゃんがいることはすでに知っているのでぇ」
「えーっと、先程の個人情報で、ですか?」
「そうだよぉ。というか、君ほどの人を僕が見逃せるわけないよねぇ?」
「僕と言うよりは、どちらかというと影踏の方ですよね?」
名前が出てきたにも関わらず、影踏はひたすら話に入ってこようとしない。それは、彼女がこういう感じの話を好まないと言うのもあるが、一番は春休みの失敗を思っているのだろう。
失敗というよりは、自分の得意不得意をマジマジと教えられたような感じだろうが。
「まあ、影踏ちゃんが強いというのは、確かだけど、僕は君にも一目置いているんだぁ」
「どうしてですか? 言ってはなんですが、ここの生徒に比べれば僕はまだ普通の生活を営んできたと思います」
丹生地先輩は自分の分の紅茶を飲み終え、机の上に置いた。
「じゃあ、普通って何かなぁ?」
「普通と言えば、普通でしょう。常識から外れていないことをさすのでは?」
「じゃあ、今度は常識について考えてみようかぁ? 他の言葉で言い換えてみよう!」
僕は少し考えた後、言った。
「周りと同じ、とかですか……?」
彼女はその答を頷きながら聞いた。
「うん、そうだねぇ。じゃあ、ここで言う周りって何かなぁ?」
「葛ノ葉学園ですね」
「うん。じゃあ、君はその中でも普通であると言えるのかなぁ? 常識というのはね、言ってしまえばある線があったとして、そこからどれだけ離れないか、なんだぁ。逆に言えば、離れれば離れるほど異常性を帯びてくるわけだぁ。ねえ、君は普通なのぉ?」
「…………」
先輩の言わんとすることがようやく理解できた。
僕は平凡に過ごしてきた。いや、確かにこんな現状に巻き込まれている状況で、普通を語るのはおかしいけれど、ここで数年間――下手をすれば十年間をすごしたような人よりは平凡なはずだ。だが、それは外から見た話であって、この学園の中から見れば僕という存在は十分異分子になりうる。
平凡という名の異分子に。
無言を肯定という風に受け取ったのであろう、彼女は話を進めた。
「昨今、異世界転生を扱った娯楽作品が流行しているけど、あれを見る度に、どうして異世界の――その世界の常識もない人達が生き残れるんだろう? って思っていたんだぁ。ねえ、君は何でだと思う?」
突然話がなんの関係もないところに飛んだため、僕は戸惑いを隠せなかった。しかし、問われた以上は何かしら答えなければなるまい。
「あ、えっと。作者の加護があるから、ですか?」
「主人公補正を作者の加護って言う人は初めて見たよぉ。まあ、でも、それが答だなんて本当に身も蓋もないねぇ。もっと夢を持たなくちゃあぁ。何かないの、夢とかってぇ?」
「いや、ないですけど。正直、目の前のことに精一杯で」
「んー。夢って言っても、目標みたいなのでいいんだけどねぇ」
「それもパッと思いつきませんね」
「ふーん。まあ、夢を持ちすぎているよりはいいかぁ」
その言葉にいったいどういう意味合いが込められていたのか、僕には分からなかった。彼女はすぐに話を元に戻した。
「まあ、夢がない君でも、想像力はあるでしょぉ? 少し考えてみてよぉ」
「じゃあ、チートとかですか?」
「うーん。異世界転生といえばチートという風潮はあるけれど、でも、そのアンチストーリーも世の中には存在するんだよぉ。で、僕達はどこの世界にも共通する理由を探しているんだよぉ」
そう言われても、頭の固い僕には何を答えれば正解になるのか分からない。
ダメもとで影踏の方を見たけれど、彼女は我知らずを依然として貫き通していた。というか、ソファーを背にして眠っていた。
自由すぎる!
空気を読まない彼女だからこそ、僕では想像もしなかった考え方があるかも知れないと微かに期待していた。が、そもそも寝ていて聞いていないとなれば、望みは薄いどころか皆無である。
と思ったが、次の瞬間、彼女の求めているものに合点がいった。
「つまり、違う視点の考え方を持っているから、上手くいくということですか?」
「正解ぃ。とはいえ、影踏ちゃんを見ていてそのことに気づいちゃうのは、少し予想外だったけどねぇ。可哀想じゃない?」
「寝ているこいつが悪いと思うんですが」
「あはははぁ。まあ、そうだねぇ」
「で、違う視点を持っているのと、今の僕の状態とどういう関係が……。あ、そういうことですか」
「そう、そういうことだねぇ。君は異世界転生ものの主人公に近いんだぁ。この学園という異世界に、常識を持って転移してしまったねぇ。というわけで、僕は君の少し外れた真っ当な意見を聞く価値があると思っているんだぁ」
「でもそれは……」
いささか暴論過ぎないだろうか?
「そうだねぇ。創作物の中で通用したって、現実で通用するとは限らないもんねぇ。でも、一考する価値ぐらいはあるでしょぉ? まあ、ひどい失敗をする可能性もあるけどねぇ」
ひどい失敗をする可能性の方が僕は高いと思う。
とはいえ、新しい試みをしていかなければ生き残れない今の社会を見る限り、それがまるっきり間違いだとは言えないだろう。
明らかな間違いは正せばいい。試す価値のある面白そうな意見だけを使えばいいのだ。
しかし。
「でも、それは僕に限った話じゃないはずです。他にも、今年から入ってきた生徒はいるはずです」
「うん。でも、彼ら彼女らは異分子にはなれないかなぁ、正直」
「どうしてですか?」
「この学園にくる生徒は八割方怪異に関係がある人だけど、でも、生徒自身が怪異というケースはまずないんだぁ。あくまでも、怪異に遭っただけぇ。怪異の残り香を漂わせているただの人間がほとんどなんだぁ。影踏ちゃんは特殊な例だねぇ。半分も怪異をその身に宿しているんだからぁ」
怪異の部分が半分しか――ではなかった。半分ももっているというのが正しかったのだ。
「それと、僕がなんの関係があるんですか……?」
「要するにだよぉ。君には他にはない見方ができる上に、他にはない力も持っていると言うわけなのさぁ。ほら、異常と言わずになんていうのぉ?」
「いや、まあ、そうかも知れませんが、でも……」
「というか、君さぁ。そこまで、特異とか異常とか異分子とかって言われるのを嫌ってないでしょう?」
ギクリと、肩が変に跳ねた。
僕はなんとか反論したかったけれど、何か言う前に、完全下校時刻を告げるチャイムがなった。まだ五時前ということを考えると、いくら何でも早いと思うのだが、それは今日があくまでも休日だという体裁をとっていたためである。
本来は六時に完全下校らしい。
午後五時。約束の時間まで、あと二時間に迫っていた。
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