出遭い――6
四月七日、日曜日。それが今日の日付であり、同時に記念すべき入学式の日であった。
休日というか、まだ春休みだということもあって、新入生を抜いた生徒はいない。そういうことになっていたのだが。
「ああ、ごめーん。拾ってくれるかなぁ?」
二階から三階へ移動しようとしていたとき、声をかけれた。見れば階段にはプリントが散乱している。踊り場で腰をプリントを拾っている彼女の言われるがままに、僕も拾った。
入学式自体は正午から始まり、つい三十分程前に終わっている。現在の時刻は二時に少し届かない辺りだ。夜まで時間のある僕はこれからのことも考えて、校内をまわっていた。もちろん、家に帰ってじっとしていることができそうもなかったという理由もある。
人の命をその
「いやぁ、ごめんねぇ。ちょっと手元が狂っちゃってぇ」
声に形があったら、間違いなく蚊が止まりそうな喋り方で彼女は言った。
明るい茶髪のショートカットに、常時口を開けている彼女は言ってはなんだが、あまり賢そうには見えない。
「というか、あれですね。入学早々からそんなものを押しつけられて大変でしょう」
彼女は小首を傾げた。
「ん? 入学早々……? もう一年くらい経っていると思うけれどぉ?」
「あー、先輩でしたか」
彼女の足下に視線をやる。内履きの色は青であった。
この学園では、内履きに入っている線の色で何年生なのか分かるようになっている。確か、三年生が赤で、二年生が青。そして我らが一年生は緑である。
制服が紺を基調としたブレザーであるため、二年生のデザインが比較的ダサくない。とはいえ、あくまでも比較的であり、学校の内履きであるため一般的なものと比較するとダサいことに違いはない。
「そうだよぉー。先輩だよぉー」
およそ一年分、自分よりも年の功があるとは思えない喋り方である。
「えーっと、では、先輩。これをどこまで運べばいいですか?」
「えー。助けてくれるのぉ? ありがとうねぇ」
職員室と具体的な場所を聞けた僕は、彼女改め先輩の横に並んで歩いた。とはいえ、職員室は二階にあるためそんなに時間はかからない。
「というか、先輩はどうしてここに? 確か上級生は休日じゃありませんでしたっけ?」
「えーっと、僕にはやらなければならない仕事があったんだぁ」
「仕事ですか……?」
「うん、仕事だよぉ。僕はね、新入生の顔と名前とか簡単なプロフィールを覚えなくちゃいけないんだぁ」
人の名前を覚えることに、あまり苦を感じるタイプの人間ではないけれど、あれほどの人数のプロフェールを頭に入れるとか、どんな苦行なのかと思ってしまう。
ちなみに、先程の入学式で見た限りはおよそ百人を超えていた。一般的な学校の半分程度の人数だが、それでも覚えるにはそうとう骨が折れるだろう。
「よく、あれだけの人数を覚えられますね」
「あはははぁ。やってみれば意外と簡単だよぉ? 一二六人くらい」
あ、うん。絶対に覚えきれる自信がない。
「ん? ちょっと待ってください。ってことは、このプリントって……?」
先程、この用紙を拾う際に顔写真が貼ってあったことを思い出す。
「あ、やっと気づいたぁ? そう、個人情報だよぉ」
「……え、そんなに雑に扱ってもいいんですか?」
「あはははぁ。ダメに決まってんじゃん」
笑い事で済まそうとするな。ダメだと思っているのなら、せめてそれらしい態度をしろと僕は思ってしまう。もちろん、そんなことを先輩に言えるはずもないが。
「あ、ここまででいいよぉ。人に大事なものを任せたって知られたら、首が飛んじゃうからぁ」
「そんな危ない橋渡ってたんですか、僕達」
「そりゃ、もう、すごかったよぉ。頭に銃身をあてがわれていた感じだったよぉ」
「よく、そんな状況で僕に任せましたね……」
「だって、君がどうしてもやりたい! みたいな感じだったからぁ」
「確かに言い出したのは、僕ですけど、でもあれは放っておけないでしょう?」
「え、なにぃ? 君ってば、困った女の子を助けたくなっちゃうようなタイプの人ぉ?」
僕は首を振った。
「いいえ。あなたがまたプリントをばらまきそうで怖かっただけです」
「え、そんな風に見えるの、僕ぅ!?」
逆にどこをどう見ればそういう風に見えないのか、気になる所ではあったが、これ以上職員室の前で駄弁り続ける必要もないだろう。僕はそう思い、彼女の腕に運んできたプリントを乗せてその場を離れようとした。
「あ、ちょっと待っててぇ。君、この後予定ないようねぇ? 恩返しがしたいから、少しだけ待っててくれないかなぁ?」
「はあ、まあ大丈夫ですけど」
彼女は返事を訊くと、そのまま職員室の中に入っていった。
この後は大事な大事な予定があるのだが、それは完全下校時刻を過ぎたあとのことだし、何より今はそのことをある程度忘れたかった。
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