出遭い――4

 助けて欲しいことがあるというのは、ある程度予想していたことであった。

 しかし、そのためにわざわざ自室に招き入れて、朝食を振る舞ってまでお願いしたというのは、少し不自然である。朝食を食べたんだから手伝えよ? と脅してくるわけでもあるまい。

 僕はそんな微妙な違和を呑み込んで話した。


「助けてほしいと言われても、場合によっては力になれないかもしれない。なんて言ったって、僕は今年から怪異に遭った新参者だからね」

「いえ、そんなに難しいことではないと思うんです。ただ、私の怪異を払ってほしくて」


 怪異を払うというのは、確かにそんなに難しいことではない。僕の場合はむしろ簡単とさえ言えるかも知れない。

 僕の相棒である影踏叶恵はそれ程までに強力なのである。

 しかし、上代成樹という人はそんなに簡単なことではないと言うだろう。それこそ、殺して殺してまた殺す、そんなことをしていたらいつか大きな過ちを起こすと言って僕を止めるだろう。


 彼女の望み通り怪異を払えたにせよ、僕の独断でやったことがバレたら、彼から口うるさく説教されるのは目に見えていた。彼の話は非常に長くて叶わない。僕はなんとしても、それを回避したかった。


「ごめん。流石に僕一人というのは荷が重すぎるから、ちょっと待ってくれないか?」

「待つって、どれくらいですか?」

「……えーっと、二週間くらいかな?」


 彼は現在、この学園にはいない。もともとこの学園の生徒でも教師でもない、ただ公務員をしながら神主もしている人なので、不在なのは当たり前だ。しかし、昨日出張でどこかに旅立ってしまった。

 無論、公務員としてではなく神主として。

 期間だけはおよそ二週間だと、知人というか、彼の婚約者を通して辛うじて知ることができた。

 しかし、それを訊いた彼女は首を振った。


「ごめんなさい。そんなには待てません。私はこの怪異を払わなければ、一週間で死んでしまうからです」


 あまりにも淡々と言われたので、僕は面食らった。

 死ぬ? あとわずか一週間で?


「いや、ちょっと待ってくれ。いくら何でもそれは急すぎる。生死に関わることなら、僕よりも他の――その道に詳しい知人に頼めばいいじゃないか。というか、まず病院に行け。この学園の医療機関は確か、怪異絡みの病気にも適切な治療を施してくれるはずだろ?」


 彼女は首を振った。


「いえ、ダメなんです。その……とにかく、ダメなんです」


 きっと何か言えない事情でもあるのだろう。わざわざ詮索するのは躊躇ためらわれた。僕にだって聞かれたくないことの一つや二つある。


「じゃあ、親に相談するのは――」

「親はいません」


 捨て子なんです――そう言った。

 あくまでも、平凡な三人家族の中ですくすくと育てられた僕にはひどく思い話であったが、彼女はまるで定型文を読み上げているかのように言った。

 僕と彼女の間に沈黙が降りた。暇を持てあました影踏がテレビを見ている雑音だけが、この部屋に音を生んでいた。

 彼女と話せば話すほど、自分がなんとかしなければならないような気持ちになった。それ以外の選択肢が非常に頼りないものに見え、そのまま塵芥に消えていった。

 ああ、やっぱり面倒くさいことになったと、心の中で呟いて見るも、自分が彼女を救える唯一の存在だと思うとお腹の底から暖かいものが湧き上がってきて、身体を震わせた。


 それは彼女と会った時のような恐怖ではない。むしろ、僕は興奮していた。武者震えと呼ばれるものだ。

 でも、僕のような平凡なやつがなんのヘマもせず彼女を救えるだろうか? もっと身長に考えた方がいいのではないか? 心の中でなんとかそういう思い上がったことを押さえつけようとしたが、特別になれるという思いはそれをはねのけた。


「……分かった。僕が何とかしよう」


 結局、僕はそう言ったのであった。

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