出遭い――3
「やっぱり、恋愛は王道だと思うわ」
「ああ、ですよね。ベタですけど、白馬の王子様とか憧れちゃいます!」
「……ああ、ごめん。そこまで、ベタのはちょっと」
「突然の裏切りですっ!?」
結局あの後、影踏は速攻で出てきて一緒に食事を始めた。最初こそは静かに無言で終わるんだろうなと思っていた僕だったけれど、そんな予想を篠生は持ち前のコミュニケーション能力で打ち砕いた。
本当に、ゴミ箱に埋もれていた彼女と同一人物には思えない。
会話に花を咲かせている彼女達には悪いけれど、僕は篠生に聞かなければならないことがある。
「どうして影踏がいることを知ってたんだ?」
会話の流れが一旦止まったところで、僕がそう言うと彼女は目線をそらした。一瞬、何か言えないやましいルートから情報を仕入れたのではないかという妄想が浮かんだが、彼女は非常に言いにくそうにいった。
「いやあ、だって隣人ですかね。そのぉ、隠しているつもりなのかもですけど、声聞こえますからね? まさか、入学前に女を連れ込むわけもありませんし、というか、同居は不可能ですから、怪異と人間という組み合わせで住んでるのかなあと」
「え、そんなに聞こえるの僕達の会話?」
「ええ、その……。すごかったです」
赤く頬を染めながら言う彼女。
「いやいやいや、どのことに対して言っているのかな、君!?」
当たり前だが、その反応に僕は焦った。いったいどのことに対して、その反応が向けられているというのか。やましいことはしていないのだが、そんな反応をされては叶わない。
ちなみに、影踏は文脈が分からなかったようで、小首を傾げて朝食の味噌汁をズズズッと飲んだ。ああ、幸せだあという表情を浮かべる。
人の気も知らないで! という気持ちはその表情を前に、煙のように消え去った。
幸せそうで何よりです。
なおも僕と篠生の攻防は続いていた。会う度に何かしらの形で攻防を繰り広げているような気がした。
あまり影踏のリアクションがなかったためか、しばらくすると、彼女は話題を換えた。
「あ、そういえばなんですけど、染野さんってどっちですか?」
「……どっちって、何が?」
「えっと、途中入学かそれとも最初っからかどっちですか?」
途中入学というと、何だか転校してきたみたいであるが、葛ノ葉学園は幼稚園から始まり大学機関まで有している幼小中高大一貫校であるため、エスカレーター式で上がってきたかどうかを判断するために、そのような言い方できたのだろう。
ちなみに、幼小中高大一貫校なるものは存在しているらしいが、言葉自体は存在しなかった。
「僕は途中入学だね。篠生さんも?」
「いえ、私は最初っからですね。あ、とは言っても魔法使いというわけじゃありませんからね」
「? それって何か関係あるの?」
「えーっと、怪異って言うのは何処でも起きるので、途中入学される方が多いんです。でも、魔法使いって言うのは、基本的に家柄で決まっているんです。確かに、学んでいけば才能さえあれば、誰でもできるようにはなるらしいんですが、ほとんど家柄であらかじめ決まっています。となると、魔法使いは生まれながらにして魔法使いというわけですから、幼稚園からいるんですよ。……まあ、私の場合はちょっと怪異がらみなんですけど、幼稚園からですね」
知らない情報であったし、これからの学園生活に有益な情報でもあった。
「なあ、他に知っていることってない?」
「うーん。そうですね、学校の七不思議とかですか?」
「あ、いや。そういうのは今はいいかなあ」
「……染野さん、まさか学校の怪談を
「……」
図星であった。確かに、そこまで重要ではないと思ったが、考えてみればかなり優先度が高そうである。特に、全校生徒の八割が怪異に関する者達で構成されているこの学園においては。
「ダメですよ。そういうことが命取りになったりするんですから。ちなみに、詳細は分かりません。数年前に全て残らずこの世から消されたみたいですから」
「それ、あんまり意味ないよな……?」
「あんまりどころか、皆無じゃないでしょうか?」
じゃあ、なんであんな風に脅したんだよ。
「面白そうだったので」
彼女はそう言って笑った。ゲーム等で、初心者を翻弄する古参プレイヤーみたいな言動であった。
「ねえ、醤油はどこ?」
思い出したかのように、影踏はそう言った。
そんなマイペースな彼女に醤油を差し出す篠生。影踏はありがとうと言って目玉焼きに垂らした。
なんでそんなに馴染んでだ、お前。
食事を始めてからわずか三十分たらずで、我が家のような雰囲気を漂わせ始める影踏に僕は絶句した。
え? これが普通のなの? 僕が間違っているの?
困惑が収まらないうちに、全員完食して朝食の時間が終わった。
そろそろ頃合いであると読んだ僕は彼女に訊いた。
影踏がいる中、こういうことを訊いていいものなのかとも思うが、どうせこいつのことだから聞こうともしないはずである。それに、もしもの際には彼女の力を借りなければならない。そう考えると、無意識レベルでもいいから聞かせておこうとも思った。
「それで、君はどうして僕と話がるんだ? 何か、問題でもあったのか?」
彼女は申し訳なさそうな表情をしながら、こう言った。
「助けてほしいことがあるんです」
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