出遭い――2
十分後に来てくださいと言われた僕は、彼女の右手がドアから離れたのを確認して閉めた。
何時もの癖でそのままチェーンをつける。
ふと、チェーンをつけておけば、いくら彼女がピッキングというスキルを保有していても、入ってこれないのではないかと思ったが、ボルトカッターとかで切断されてりまうオチが脳裏に浮かんだので止めておこうと思った。
ただ、問題なのは、僕の言う朝食というのは彼女の分を合わせて二食あれば言いというものではないのだ。
この部屋には僕の他にもう一人同居人がいる。
「ふぁーあ。おはよう」
目をごしごしと拭いながら、件の少女が僕の影がからにゅっと現れた。初見の時は腰を抜かしそうになった彼女のこの動きは、一週間もすると慣れてしまった。
これを僕の適応力の高さゆえとみるべきか、それともただ単に彼女に毒されただけなのか、その結論はまだ出ていない。
というか、どちらにせよ自分の異常性が目に付くだけだから、そんなものは出なくていい。
「おはよう。よく寝たか?」
「ん、もちろん。くじかんねた」
舌が人よりも圧倒的に足りていないような喋り方と、眠そうな声からは、彼女の年齢が一桁代なのではないかと疑ってしまうが、無論、そんなことはない。
というか、そんなことになっていたら僕は早々にお縄にかかっている。
彼女、
いきなり、半人半妖だとか怪異だとか言われても、理解が追いつかないとは思うが、僕も最初は意味が不明であった。一週間同じ時を過ごす中でなんとか適応したのだ。
というか、葛ノ葉学園で三年間を過ごす以上は、怪異とは無縁でいられるはずがない。先程、奇人変人ばかりが集うと説明したこの学園だけど、その理由がここにある。
常識から外れてしまった者達を集める場所――もっと言えば、怪異や魔法、超能力のいずれかに関係を見いだされて者達が半ば強制的に呼ばれる場所である。
怪異、魔法、超能力といっても、珍しさ的には怪異は一歩劣る。いや、百歩劣ると言った方がいいかもしれない。この学園の生徒の約八割が怪異の関係者であり、残りの約二割が魔法関係。残ったあとの数人が超能力者といった内訳である。
遭った存在を歪めるのが仕事であるような、怪異に遭った者がそれだけの人数を占めるのだ。おかしな人が多くても仕方がない。
そう思うと、篠生はもしかしたらまだマシな方なのかも知れない。実害は、その、うん。まあ、なかったわけだし。
そうこうしていると彼女が眠りから完全に覚醒した。
「そろそろ、ご飯を食べたいんだけど、あれ? まだ作ってないの?」
喋り方に、平常時と寝起き時でかなり落差がある。
「ああ、ちょっとお隣さんが作ってくれるとかで」
「へえ。それはそれは、面白いことになっているわね!」
目を輝かせて影踏は言った。最近読んでいる漫画の影響だろうか、彼女は少しでもそういうおいしそうな展開を前にすると、興奮してしまう。
要するに頭の中がお花畑なのである。
「ちょっと、誰が頭の中お花畑でチョウチョを追いかけ回しているって!?」
「流石の僕もそこまで牧歌的なものは想像していなかったかな!」
「じゃあ、殺伐とした?」
「ねえ、両極端なのはどうにかならないの、君?」
「零か百しかないって正直、かっこよくない?」
「不便なだけだと思う」
「……ねえ、私達って生まれる性別間違えちゃったかな? 今からでも遅くないよね?」
「それだけのことで!? それだけのことで、十六年付き合ってきたこのボディーを捨てろと!?」
などと朝っぱらから小気味のいいやり取りを交わしていると、時刻は指定された時間に迫りつつあった。
「じゃあ、僕行ってくるから」
「え、ちょっと待って。私のご飯は? おい、無言で微笑むなっ!」
「……コンビニで買ってくるから。ほら、中に入って」
「えー。暖かいのがいい」
レンジでチンすればいいと思うのは、僕だけだろうか。
とはいえ、これで問題が解決しないことはこれまでの経験から分かっている。
「分かったよ。じゃあ、後で僕が適当なのを作るから、それでいいか?」
「オッケー」
そう言うと、彼女は僕の影の中に再び消えていった。まるで、
彼女のことをわざわざ隠すのには二つ理由がある。
一つは、僕と彼女がペアリングという一種の契約のようなものを結んでおり、互いの行動範囲が著しく制限されていることによる。具体的には、百メートルという距離があり日常生活をする上では問題ないが、交通機関を使用した際に離ればなれになると惨劇が生じるので、常日頃から彼女には中に入ってもらっている。
しかし、どちらかというと二つ目の方が理由としては大きい。
怪異の部分が半分だけとはいえ、怪異としての純粋な力を見た場合、彼女は他の
それを横に
怪異に関係する者が八割を占めるこの学園で、彼女が有している影響力がどれ程のものなのか、それは僕の想像が及ぶ範囲ではない。だから、彼女には悪いが基本的には、影の中にいてもらっている。
時刻に少し遅れるかどうかのタイミングで、チャイムを鳴らすと制服姿の篠生が出てきて、僕をテーブルの場所へ呼んだ。
僕の部屋は安いという理由から、ちゃぶ台と座布団が採用されているが、彼女の部屋には机と椅子が置いてあった。ついでにベッドも。全てが寒色系の青を基調としている。
同じ部屋とは到底思えなかった。
そして、そのままの流れでもう一度、テーブルに視線を戻したとき、僕の動きが停止した。
「どうしたんですか? 難しい表情をしていますけど? あ、もしかして何か嫌いなものでも入っていたんですか? ダメですよ、好き嫌いは!」
「あ、いや。別に食べ物がどうこうというわけじゃないんだけど……」
青いクロスの上には、三人分の食器が。
「どうして、三人分なんだろうって。僕、そんなこと言ったっけ?」
「? だって、いるじゃないですか――」
彼女は僕の下――つまりは影を指さして言った。
「――そこに」
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