神無月の七海2

「あれ、七海 ねーね。今日は早朝バイト休みなの?」


 朝六時半、制服に着替えた真琴は、畳の上で毛布に包まる七海に声をかけると、七海は毛布を蹴飛ばして起きあがった。 

 七海は目覚めとは思えない青白い顔をして、きょろきょろと周囲を見回す。


「や、やっと体が動いた。もう六時半って、完全にバイト遅刻!!」


 七海はスマホを握ると、慌てながらバイト先に連絡を入れる。


「マネージャーさんすみません、遅刻しました。朝起きたら体が動かなくて……」


 前日倒れた七海を恵比寿青年が連れて帰るとき、マネージャーやコック長やビジネスホテル支配人まで出てきて大騒ぎになったが、爆睡中の七海はそれを覚えていない。

 実は恵比寿青年の会社はホテル業界にも進出して、彼は業界の有名人だった。


『天願さん、体調はどうですか? 今日はそんなに忙しくないし、無理をしないでゆっくり休んでください』

 

 マネージャーの恐縮したような声に、七海は首をかしげながら電話を切る。


「お店は人手不足でとても忙しいのに、マネージャーはあっさりと休みを認めてくれた」


 ぐっすり寝て体調も万全だし今日も頑張って働こう……と思ったところで、七海は自分が寝過ごしたのではなく、金縛りで意識を失ったと思い出す。

 あれは、なんだろう?

 これまで七海が扱えた不思議なモノとは違う。

 

「そういえばあんずさんは、体調が悪いと悪いモノがまとわりつくって言っていた。アレは悪いモノなの?」


 高位の霊力を持つ七海は、普段なら悪霊や魔物は避けて近寄らない。

 だけど働きすぎて体力が落ちたせいで、悪霊に狙われ金縛りにあったのか?

 七海がオカルト現象に悩んでいると、目を覚ました小さいおじさんが能天気に声をかけた。

  

「ふぁああっ、娘よ、おはよう。今日は仕事休みか」

「大変だよ小さいおじさん。私金縛りにあって、お腹の上に大きなモフモフが乗っかって、動けなかったの!!」

「失礼な、ワシは娘のお腹の上に乗ったりしないぞ」

「小さいおじさんは隣で寝ていたよ、私のお腹の上にいたのは別の不思議なモノ。あれ、小さいおじさんは大黒天で真琴ちゃんは弁財天なのに、モフモフに気づかない?」


 まだ眠たそうにあくびをする小さいおじさんも、学校に行く準備をしている真琴も普段と変わらない。


「七海 ねーねは疲れすぎて、変な夢でも見たんじゃないの?」

「あれが夢? でもとても重かったし、この手でモフモフを触ったよ」

「娘よ、今は神無月だから、ワシも弁財天も神の力を発揮できないのだ」


 すると小さいおじさんは申し訳なさそうな顔をして、七海に話しかける。


「小さいおじさん、神無月がどうしたの?」

「神無月は文字通り神の居ない月。だから結界が緩んで、天願家に不思議なモノが出入りしたかもしれない」

「やっぱり私は悪霊に襲われたのね!!」


 七海は顔面蒼白になるが、小さいおじさんと真琴は首をかしげる。


「でも七海 ねーねは気持ち良さそうにイビキをかきながら寝ていたよ。金縛りで苦しんでいるようには見えなかった」

「ワシも悪霊の気配は感じなかったぞ」

「言われてみれば怖い気配は無かったけど。モフモフの手触りがしたけど、この家で犬猫の動物を飼ったことないしアレはいったい何なの」


 途方に暮れる七海に、真琴は玄関で靴を履きながら声をかける。


「神無月でも恵比寿神はこの地にとどまっているから、桂一 にーにに相談すべきだよ。それから七海 ねーねの手作りパン、とても美味しかった」

「えっ、私の作ったパン食べたの? 美味しかったって嬉しい」


 七海は玄関先で真琴を見送ったあと、台所に移動した。

 テーブルの上には、七海の作った三種類のパンが置かれている。

 手作りといっても七海はパンをこねる手伝いをしただけで、パンを焼いたのはコック長。

 それでも料理上手な恵比寿青年が、七海の作ったパンを買うとは意外だ。

 真琴が朝食用に焼いたソーセージとスクランブルエッグをレーズンパンに挟んで、温めたミルクとコーヒー、たっぷりの蜂蜜で甘いカフェオレを作る。


「はむっ、私の作ったパンって結構美味しい。まともに朝食を食べるのも久しぶりね」

「稀代の巫女である娘がこねたパンは、神の供物として捧げられるモノだ。しかし娘のパンが評判になると、さらにレストラン客が増えて忙しくなるのぉ」

「早朝バイトは大変だけど、パン作りはとてもやりがいを感じるの。でも金縛りで起きれなくなったらバイトが続けられない」

「この家に入り込むほどの力を持つ不思議なモノだ。神無月でワシや弁財天は神力がないから、恵比寿に相談するしかないのぉ」

 

 昨日あんなに派手に喧嘩をしたのに、結局恵比寿青年に頼るしかないのか。

 

「今夜は居酒屋バイトがあるから、恵比寿さんとは会えないよ。金縛りは自分でなんとかする」


 浮かない顔で返事をした七海は、恵比寿青年に相談するどころか、バイトを理由に一日中避け続け不思議なモノの正体は分からなかった。



 ***



 早朝四時三十分。

 天願家の呼び鈴が鳴り、パジャマ姿の真琴が玄関を開けると、スーツ姿の恵比寿青年が入ってきた。


「真琴から詳しい話を聞きました。それで天願さんの様子はどうですか」 

「おおっ、恵比寿も娘のことが心配なのか」

「天願家の結界の中は絶対安全と思っていたのに、大黒天様のおそばに得体の知れないモノノケが居るなんて僕は許さない!! 天願さんはそのついでです」


 恵比寿青年はそう言いながらも、仏間の電気をつけても目覚めない七海にチラチラと視線を向ける。 

 七海のバイトを偵察したり朝四時から駆けつけたりと、恵比寿青年が七海を気にしているのは行動から明らかだ。


「ふたりとも大人なのに素直じゃないんだから。七海 ねーね、私の声が聞こえる、金縛りで体が動かないの?」


 真琴がせんべい布団の上に寝転がっている七海に声をかけると、目蓋がぴくぴくと動く。

 七海は金縛り状態で、小さいおじさんと真琴は不思議なモノの気配を感じない。

 しかし恵比寿青年は七海の体の上に手をかざし、何かに触れるように動かし始めた。

 


「これは、かなり大きなモノノケが、天願さんのお腹の上に乗っかっている」

「なんと、恵比寿には不思議なモノが視えるのか。早くそれを娘の上から退かせてくれ」


 しかし恵比寿青年は申し訳なさそうに首を横に振った。


「大黒天様、僕は煙のような大きな塊が見えるだけで、モノノケの正体は分かりません」


 神の存在に触れることの出来る七海には、煙のような塊が実物の重さとして感じる。

 これは金縛りと言うより、上に乗っかっているモノに押しつぶされた状態だった。


「天願さんにモノノケの正体を見極めてもらわないと、退けることはできない」

 

 そのうちに七海の目蓋が動かなくなり、金縛りで意識を失おうとしている。


「娘よ、頑張れ。しっかり起きるのだ!!」

「でも七海 ねーねは気持ちよさそうに寝ているし、このモノノケって悪いモノなの?」

「大黒天様、モノノケから離れてください。そうだ、古今東西、呪いから目を覚まさせる方法がある」


 そう言うと恵比寿青年は七海の肩に腕を回し、体を抱き起こすと顔を近づける。


「コラッ、恵比寿よ。女子の寝てる隙に唇を奪うなんて、そんなのヒキョーだぞ!!」

「これから天願さんの力を呼び起こします。二つの眼が開かなくても、彼女の霊力なら第三の眼を開くことが出来るでしょう」


 恵比寿青年は七海の前髪を掻き上げると、額を舌先でペロリとなめる。

 神を捕らえることの出来る稀代の巫女を、金縛りにするモノノケは何なのか?

 すると七海は目を開き、光の届かない漆黒の闇のような色をたたえながら、目の前の不思議なモノを凝視する。


「娘よ、目が覚めたか。腹の上になにがいるのだ?」

「……シ……シロ………クロ」


 吐息のような小さな声で呟くと、七海は完全に寝入ってしまい、そして不思議なモノの気配もかき消えた。

 恵比寿青年は七海の顔を凝視したまま、ゆっくりとせんべい布団の上に寝かせる。


「娘よ、目を閉じてはならん。寝たら死ぬぞぉーー!!」

「大丈夫ですよ大黒天様。天願さんは気を失っているだけです」

「七海 ねーねの言ったシロクロって、もしかして白黒の体をした夢を食べる獏じゃない?」


 真琴の言う獏は、鼻がゾウのように長く虎の足をした悪夢を食べる幻獣。

 しかし恵比寿青年が感じたモノとは全く違う。


「モノノケが何なのか、目覚めた天願さんが教えてくれるでしょう。大黒天様、まだ朝早いので一眠りしたらどうですか」

「ワシはここで娘を見守っている。恵比寿よ、今日は熱々の中華粥が食べたいのぉ」

「いくら神無月でも、いきなり七海 ねーねにモノノケがとりつくなんて変だよ!!」


 小さいおじさんは少ししょんぼりして、真琴は声を荒げて怒っている。

 恵比寿青年はふたりに七海を任せると、台所に向かいながら小声で呟く。


「天願さん、君は寝ている時も人騒がせな人だ」



 ***



 カーテンの隙間から明るい朝の日差しと、つけっぱなしのテレビからアナウンサーの早口な声が聞こえる。

 挽き立てのコーヒーの薫りがして、七海は無意識のうちに枕もとに置いたスマホを探す。


「あれ……ちゃんと目が開いた。体が動く」


 指先に触れたモノをむんずと掴むと、それはスマホではなく隣で二度寝していた小さいおじさんだった。


「痛ーい痛い。そんなに強く握ったら内臓が飛び出す!!」


 七海は驚いて小さいおじさんから手を離し、その悲鳴を聞いた真琴が慌てて仏間に駆け込む。

 

「小さいおじさん大変だよ。上野から脱走したパンダが私のお腹の上に乗っていたの。早くパンダを捕まえなくちゃ!!」

「「えっ、あのモノノケって、パンダだったの?!」」    


 神が居なくなると言われる神無月。

 午前四時にパンダのモノノケが現れ、寝ている七海の腹の上に乗っかる怪奇現象が起きた。


「七海 ねーねがパンダに押し潰されて、動けないなんて、プッ、アハハッ」

「真琴ちゃん、パンダが逃げ出すなんて大事件よ。下手したら中国との国際問題になっちゃう!!」

「娘よ、落ち着くのだ。それは本物のパンダではない。パンダの形をした付喪神だろう」

「えっ、つくもがみって何?」


【付喪神】

 それは長い間使われていた道具に宿る神や精霊のことを言い、天願家には年季の入った道具が山のようにあった。


「家のどこかにあるパンダのぬいぐるみが、夜な夜な七海 ねーねのお腹の上に座って、ククッ、想像するとおかしすぎる」

「でもぬいぐるみならもっと軽いはず。あれは岩みたいな重さだった」

「それなら木彫りか、陶器製の置物かもしれん」


 小さいおじさんの説明では、パンダの形をした付喪神を探し出さないと怪奇現象は終わらないという。

 

「部屋の中にパンダの置物はないし、怪しいのは押し入れの中? でもこの押し入れはダメ親父の仕事道具とか変なオブジェとか、大量のガラクタが仕舞われているし」

 

 仏間を片づけるとき不用品を押し入れに詰め込んだから、パンダの置物を探し出すのも一苦労だ。


「娘よ、パンダの正体が分かるまで、早朝バイトは休んだ方がいい」

「小さいおじさん、私早朝バイトは苦にならない。パンを作るのが楽しいの」

「しかし……家の雨漏りにWワークに、今度はパンダの付喪神。いくら神無月だとしても運が無さすぎる」


 小さいおじさんがあきらめ顔で呟く側で、真琴はにっこりと笑いながらスマホをタップする。


「とりあえず桂一 にーにに、七海 ねーねに取り憑いたモノノケの正体をメールで知らせたよ」

「パンダに取り憑かれたなんて、恵比寿さんが知ったら笑われる」

「それと撮影した動画も送ったから。にーにはパンダに押し潰されて動けない七海 ねーねにキスした責任を取らなくちゃ」

「えっ、ちょっと待って真琴ちゃん!! キスって何、私全く記憶に無いんだけど」






 MEGUMUグループ本社ビル会議室、朝ミーティングの最中、画面に表示された名前を確認した恵比寿社長は、部下に合図をして席を外す。

 真琴のメールを読んだ恵比寿青年は、かけていた眼鏡を外すとこめかみを押さえた。


「まさかあのモノノケの正体がパンダとは、真琴の言ったバクの方が信じられた。天願さん、君はあまりに謎すぎる」


 そしてメールに添付された動画を見て、思わず呻いてしまう。


『この動画、七海 ねーねにも見せたよ。ねーねにーにから逃げまくると思うけど、絶対に野放しにしないで。パンダから七海 ねーねを守ってあげて』


 その後、席をはずした恵比寿社長が突然上野のパンダを見に行くと言い出し、ミーティングは騒然となる。



 ***



 七海はバイト先のディスカウントストアで、パンダ関連グッツを全てチェックしたが、怪しいモノはひとつも無かった。

 夜の居酒屋バイトでも、カウンターに飾られたのは鮭を咥えた木彫りのクマで、パンダの置物は無い。

 団体客の帰ったテーブルを片付けながら、七海はエプロンのポケットの中にいる小さいおじさんに話しかける。


「あのモノノケパンダが家の中に潜んでいたら、明日も早朝バイトに行けないよ」

「娘はそこまでして、早朝バイトに行きたいのか」

「来週からクロワッサンを焼く予定なの。あのお店のクロワッサンは焼き加減が絶妙でバターの風味が香ばしくて、絶対作り方を習いたいの」

「それなら恵比寿からパンの焼き方を習えば良い」

「小さいおじさん、恵比寿さんのパンも美味しいけど、家庭と業務用オーブンでは火力が全然違うよ」

「それなら大黒天様のために、業務用オーブンを買いましょう」

「うちの台所に業務用オーブンの入るスペースなんて……えっ、恵比寿さん!!」

 

 七海は空のビールジョッキを両手に六個持ったまま、声のした方を振り返る。

 そこには光沢のある紺色のハイブランドスーツに身を包み、小さな花束を待った美青年がアルカイックスマイルを浮かべて立っていた。


「なんで恵比寿さんがここにいるの。真琴ちゃんの夕食はどうしたの」

「真琴からパンダの話を聞いて、社員を上野動物園に行かせて確認した。パンダはちゃんと檻の中にいたよ」

「私がパンダに押しつぶされたと知ったら、恵比寿さんは笑うと思っていた」

「まさかモノノケの正体がパンダなんて、僕でも予想できない。それと僕は君に失礼な事をしたので、真琴に謝ってこいと言われた」


 恵比寿青年は洗練された仕草で七海に花束を差し出し、それを見た座敷席の地元マダムが黄色い声を上げる。


「失礼な事って、あっ、今両手がふさがっているから、後で花束を受け取ります」


 七海が焦って返事を返すと、騒ぎを聞きつけた居酒屋店長が厨房から出てくる。

 恵比寿青年は満面の笑みを浮かべながら、店長に話しかけた。


「お久しぶりです店長。国産ウイスキーの十八年モノが手に入ったので、店長と利き酒をしたくて持ってきました」

「恵比寿社長、いつもありがとうございます。今日は新鮮な牡蠣が入ったので、それをお出ししましょう」

「それでは料理を、天願さんに運ばせてください」


(あれ、いつの間に恵比寿さんと店長は親しくなったの?)

 恵比寿青年と居酒屋店長が話で盛り上がっている側で、七海はこっそりスマホで国産ウイスキーの値段をググって、桁がひとつ多いのに驚く。

 これでは恵比寿青年を無視できないし、完全に七海を捕まえに来ている。


「家が雨漏りしたりパンダに取り憑かれたり、私被害者なんだけど」

「確かに娘は被害者だが、今のままでは何一つ解決しない。恵比寿に相談して解決の道筋を探すのだ」

「私ひとりの問題なのに、恵比寿さんを頼る必要があるの?」


 そう答えた七海の瞳は光の無い深い闇を宿す。

 神の願いを叶える力を持っていても、自分の願いを叶えることはできず大きな喪失感を抱えていた。




 七海はお通しと氷とグラスを個室に運ぶと、中から恵比寿青年と店長の会話が聞こえた。


「恵比寿社長はあんずさんの知人の紹介で、七海と知り合った。俺は七海の父親と同級生で、家庭の事情で大変だった時、よくあんずさんが飯を食わせてくれたんです」

「それでは今も天願さんの父親とは」

「高校卒業してから、ヤツとは一度しか会ってない。あんずさんは俺が板前見習い時代から気にかけてくれて、店を持つと客も紹介して息子のように可愛がってもらいました」

「なるほど、僕は不思議に思っていました。天願さんが食べるまかないは、片手間では作れない手の込んだ料理だ」

「急にあんずさんが亡くなって落ち込んでいる七海に、俺ができることは飯の世話ぐらいだった。だけど今は恵比寿社長がいるから心配ない」


 会話を聞いた七海は、個室の扉の前で足が動かなくなる。

 

「店長のまかないは、カンパチのカマとか牛のホホ肉とか手の込んだものが多いけど、あれは私のための料理だったの?」

「先週まかないで食べたローストビーフ丼は、店に出せるほど絶品だった」


 そうだ、七海は多額の借金を抱えているのに、食べ物に困ったことは無い。

 七海が気付かないところで恵比寿青年や居酒屋店長や、ディスカウントストアの店長夫婦にも助けられていた。

 動揺した七海の持つグラスがカチカチと音を立てると、それに気付いた店長が個室から顔を出す。


「なんだ七海、恵比寿社長が氷を待っているぞ」

「店長。今のまかない料理の話、本当ですか?」


 しかし店長はとぼけた顔をして厨房に戻り、七海はあれこれ考えながらテーブルにグラスと氷を置いていると、気配を感じる。

 七海の額にかかる前髪をかき上げる、長い指と大きな手のひら。

 イケメンは爪の形も綺麗だ。


「あれっ、私目を閉じているのに、どうして恵比寿さんの手のひらが見えるの?」

「僕は天願さんの第三の眼を開いた。これで両目が塞がれても、第三の眼でモノノケの正体を見抜くことができる。長く厳しい修行の末に習得する第三の眼をこんな簡単に得られるとは、君はとんでもない人だ」


 恵比寿青年に言われて、七海は自分の額を指でなでると、ふと朝の出来事を思い出す。


「そうだ、真琴ちゃんが撮影した動画で、恵比寿さんは私にキスをした」

「大黒天様に危険が迫って、天願家に現れたモノノケの正体を暴くには、あの方法しかなかった」

「ちょっと恵比寿さん、寝ている私にキスしておきながら、そんな話が通用すると思うの」

「恵比寿よ、ワシを言い訳の材料にするな。寝ている娘にチュウした責任を取るのだ」


 七海は顔を真っ赤にして恵比寿青年を睨みつけ、小さいおじさんは顔を真っ赤にしてお高いウイスキーの瓶を抱えている。


「……大黒天様、もう出来上がっていますね。天願さん、あれは緊急事態の応急処置だ」

「小さいおじさんが無事なら、私がモノノケに取り憑かれたって、恵比寿さんには何も関係ない」


 恵比寿青年を睨みつける七海の第三の眼は、うまく誤魔化そうとしても真実を見極める。

 恵比寿青年はネクタイを緩めながら、意を決したように七海を見返した。 


「僕が、君の心配をしてはいけないのか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る