第29話 編集長からの挨拶

あれから、1ヶ月。俺らが書いていた週刊誌は、当初の予定通り廃刊した。俺は、香川警備保障襲撃を記事にしようか悩んだ。いや、悩んだというと嘘だ。俺は書かないことに決めていた。


週刊誌は最後の号まで、くだらない記事で埋めて、特に反響もなく、静かに廃刊を迎えた。


なにを悩んでいたかと言えば、この記事を書くかどうかだ。言い方変えただけで同じじゃないか、と突っ込まれると思う。俺が言いたいのは、あの時限爆弾のオモチャの日に、これは記事にしないと決めた。記事にできない、してはいけないと思った。


だが、日が経つにつれて、あの日の小柳津大地たちの行動はいったい何のためなのか考え始めた。


俺の取材が邪魔になったのが理由とは思えない。俺は途中で真相に近づきもしないうちに行き詰まってしまったのだ。放っておけば、彼らに辿り着くことはなかった。それを彼らが導き、誘き出したのだ。

なぜ、そんな必要があったのか。


彼らも多少の迷いがあるのではないかと感じた。


俺がジャーナリストをしていた頃に感じていた矛盾だ。彼らのやっていることは、俺の仕事とは全く別物だが、根本は似ている気がする。

政治家、官僚、警察の不正や、有名人の不倫まで。どこまでが真面目で、どこからがくだらない記事なのかわからないが、どんな内容にも使命感を持って記事を書く。記事を書いている最中は、書かれている「対象者」は、絶対的な「悪」なのだが、書き終わり少し時間を置くと、罪悪感に似たものが押し寄せてくる。


「罪悪感に似たもの」と敢えて言うのが、それは自分が正しいと信じて記事にしているので、決して悪いことだとは思っていない、と思っていたい。そう信じ込みたい。

ただ、時間を置くと、その局面が頭を掠める。この人にも家族がいるんじゃないか、そうせざるおえない事情があったのではないか。やり方はどうであれ、俺は間違ったことはしていない、ただそのメンタルを維持するのにストレスを感じる時がある。


誰かに認めて欲しいのだ。


お前は間違っていない、正しいことをしている、と他人の口から聞きたくなる時がある。


それを踏まえた上で、小柳津大地たちの行動を見ると、全てが辻褄があう。

彼らは依頼人の復讐を代行し、その後の依頼人と『執行』対象者までも助けてしまうのだ。ただ、そこで全てが善行だと言い張れない。手段としては少なからず、なんらかの法律を犯しているのだ。他人から言わせれば賛否両論あるはずだ。彼らも少なからず迷う時もあるのだろう。


俺は原稿を書いたあと、推敲しない。誤字脱字のチェックくらいしかしない。時間が経つにつれ、書かれた本人のことなど考えてしまい、書き直すと文章が「弱く」なるからだ。だから、俺は1番「毒」のある最初に書いた文章は、決して直すことをしなかった。

俺の書いた記事を公にするかは、編集長の太田に委ねていた。

小柳津大地たちも、それを公にするのかは、俺に委ねたのだと思う。


俺は廃刊間際の最後の1ヶ月、仮でもなんでも編集長を任された。1ヶ月限定の編集長だ。俺は今まで、編集長の太田は、踏ん反り返って、他人の書いた記事を読んで、面白くなければボツにするだけの楽な仕事だと思っていた。


それが自分が編集の仕事に携わると、こんなにも神経を擦り減らす仕事なのだと初めて知った。果たしてこれは、公にして良いものなのか、どんなくだらない記事に対しても気を張っていなければ選べない。売れるか売れないかなんか考える隙などないのだ。


俺は編集長の太田が、何故、最年長記者の川越さんを切らなかった理由がわからなかった。

川越さんの記事は、東京でも少し外れた場所にある田舎っぽい風景や、動物や花の写真、それについてのコラムなどを書いていた。誰がこんなつまらねえ記事読むんだ、と内心バカにしていたが、川越さんに記事を渡される度、ホッとするのだ。唯一、気を張らないで読める記事、それが川越さんの記事だ。誰が読みたいかだって、編集長の俺が読みたいのだ。俺は編集長になって、川越さんの記事の重要性を知った。


原稿は書いた。小柳津大地から聞いた話は、メモを取っていなかったにも拘らず、時系列に沿って事細かく書いた。いつでも雑誌に載せられる。

毎週悩んだ。

その記事のスペースは開け、締め切りギリギリまで悩み、結局他の記事を入れた。それが毎週だ。

そして、いつも通りの内容で、毎週発刊し、とうとう最後の週にきてしまった。


俺は最後週の締め切り前日、書いた原稿を処分した。代わりに、最後のページに「編集長からの挨拶」のスペースを作り、短いコラムを書いた。


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【編集長からの挨拶】


長年愛読いただき、ありがとうございます。

小誌「未来ジャーナル」は本号をもって廃刊とさせていただきます。

最後に編集長の私から、短いコラムですが、これを挨拶とさせていただきます。


ある事情通の読者から聞いた話です。「殺し屋」を名乗り、復讐代行をする業者があるという。彼らは実際に殺すのではなく、悪い人格を殺し更生させてしまうという、都市伝説のような話だった。ネタとしては面白いが、考えた挙句、私はそっとしておくことにした。それが都市伝説であっても、はたまた事実であったとしても真相は明かさない方が良いと判断したまでだ。

ただ、もし本当にそんな業者が存在するのであれば一言言いたい。貴方たちは間違っていない。



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