最後のパネル

第27話 テレビ電話

「それ、オモチャだろ」


俺は手を縛られているので、それを顎で示した。


「僕たちは、あのライブ会場の爆弾騒ぎを起こしてるんですよ」


その言葉を聞いて、俺は黙るしかなかった。

彼は時間を2:00:00に設定して、スイッチを押した。1番右の桁が59になった。1秒毎に数字が減っていく。どうやら2時間で設定されたらしい。


「メモの準備はいいですか?」


小柳津大地は、キャラクターもののメモ帳とシャーペンを示すが、縛られた俺の姿を見てまたニヤついた。


「すみません。そうでしたね」


スキンヘッドの男が俺の足を押さえ、印象の薄い男が俺の足まで縛った。


「それじゃあ、いいですか。全部話しますね」


彼らは澤村探偵事務所の社員であった。堀内明子も、浅野夫妻も、ここにいる小柳津大地もこの2人組の男達も社員として、公には探偵業を営んではいるが、実のところは「殺し屋」。依頼は、裏アカウントから連絡を取る場合もあるし、事務所で直接受ける場合もあるのだそうだ。だが、依頼内容によっては受けないこともあると言った。


依頼人から受けた「殺し」は、実際には殺さない、依頼人を苦しめる対象者の中にある人格を「殺す」のだそうだ。彼らはこの「殺し」のことを『執行』と呼んでいた。『執行』の方法はいろいろある。極限まで暴行をくわえる、重りを付けて海に沈めるなど。ギリギリのところまで、本当に殺される「死」を味合わせることで、その人格を殺す。そうでなければ、人は「殺せない」らしい。そして更生したところで、依頼人と合わせる場合もあるらしい。

依頼人は、依頼してから時間が経つにつれ、「殺し」を依頼した罪悪感に苛まれ、本当の意味で救われない、と考えたのは前所長の澤村という男。この方法で、何人も助けてきたらしい。

藤原景子もそうだ。藤原景子も依頼人で、その時の対象者が、あの「きぼうのもり学園」にいた火村誠だった。


それが1つの案件で完全な『執行』ができなかったことがあり、それが香川警備保障襲撃に繋がったのだそうだ。

所轄警察署の署長の息子が、同級生へのいじめがエスカレートし階段から突き落とし殺害してしまった。不審に思ったその同級生の両親からの依頼で、調べているうちにそれを隠蔽していたことがわかった。その復讐をするため、『執行』したが、その後、澤村探偵事務所の人間が、香川警備保障の社員にその報復を受ける。


その署長の妻の親、それが香川警備保障の社長であり、実のところは、階段から突き落とした時点では同級生はまだ息があったにも関わらず、香川警備保障の社員が隠蔽するために殺したという無残な内容だった。


その報復合戦が、あの香川警備保障の襲撃だったのだ。その後のことは、小柳津大地たちにも曖昧にしか把握できていないようだった。どうやら当時の所長 澤村が探偵事務所を出すにあたって、前職警察官だった当時の上司が、その後の処理をまとめたということらしい。この不祥事というべきか、警察OBの起こした事件は、現職の警察とは無関係とは言えども、公にすればかなりのダメージを食らう筈だ。俺たちみたいなジャーナリストどもが面白おかしく書き立てるだろう。

ただその息子を殺された両親は、それを望まなかった。実際に手を下した香川警備保障の社員は公になっていないだけで、なんらかの刑は受けているらしく、それを公にしたところで息子の命は帰ってこない、それに今まで息子を苦しめてきたのは、その署長の息子自身で、その息子と両親は現在海外でボランティア活動をしているらしい。そして、その息子を殺された方の両親は、死んだ息子のためにも少しでも前向きに生きていくことを選んだ。


そしてその襲撃事件を最後に、澤村探偵事務所は解散したそうだ。


こんな話を、小柳津大地はたっぷり1時間以上かけ、爆弾のタイマーは既に残り30分を切っていた。


「韮沢さん、僕たちはこういうことをやっていたんです。これを記事にしてもいいですけど、困るのは僕たちというより、今までの依頼人の人たち、そして更生した対象者だった人たちなんです。それでも、記事にします?」


やはり小柳津大地の表情は読めない。こいつは、俺にどうして欲しいというのだ。この記事を書け、と言うのか。それとも、書くな、と警告しているのか。だったら、この爆弾はなんだ。わざわざ内容を事細かく教えたのは、殺す人間に全てを話したところで、なんの問題もないということか。


小柳津大地の携帯が鳴った。出ると、ちょっと待ってください、テレビ電話にしますね、と言ってスマホを弄ると、浅野真一の声が聞こえてきた。


小柳津大地はスマホを横向きにし、両手の人差し指と親指で4つの角を支え、画面に向かって話しかけている。


「とりあえず、韮沢さんに全部話しました。あとは浅野さん、よろしくお願いします」


そう言って、画面をこちらに向けた。浅野真一が、スマホの画面の中で頭を下げていた。


『韮沢さん、こんな形を取ってしまって、大変申し訳ありません!でも、根掘り葉掘り探られることで、迷惑する人がたくさんいるんです。韮沢さんは、知らないから調べたくなるのではないかと思って、大地くんに説明させました。知れば、きっと韮沢さんならわかってくれるかと...』


浅野真一は頭を上げた後、言葉を止めた。こちらの状況は、浅野真一の方にも見えているのだろう。


『ちょっと、大地くん。これ、どういうこと?韮沢さん、すみません。なんで韮沢さん縛ってんの?それに、何、その箱』


画面の向こうで浅野真一が慌てている。


「時限爆弾ですよ。あと40分くらいで爆発します」


『ちょっと大地くん!なんで爆弾なんか。俺は、韮沢さんに説明してって、それで記事にしないでって注意してって言っただけだよ!』


こうなっていることは、画面の向こうの浅野真一は本当に知らなかったらしい。たが、俺にとっては、浅野真一が指示したかなんてどうだっていい。俺がこれで最期だという事実は変わらないのだ。俺は、さっき聞いた息子を殺された両親の気持ちが、少しだけわかった気がした。真実がどうであれ、現実は変わらないのだ。


『韮沢さん、すみません!こういうつもりじゃなかったんです。すぐに止めさせます!だから記事にしないでください!ってちょっと!大地くん!その爆弾、止めて!』


小柳津大地はスマホの画面を自分に向けた。


「そんなこと言ったって、これ止められないですよ。ドラマみたいに赤のコード切ったらとか、止められるように作ってないですし。これ全部コードの色、黒なんですよ。押して、時間が来たら爆発する簡単な作りです。止められるように設計してないです」


そう返事をする小柳津大地に、浅野真一は何か叫んでいるが、途中で電話を切った。


「30分切ってるんで、僕たちは逃げます。何か言い残すことはないですか?」


そう言われて、俺は自分でも驚くほど自然に言葉が出た。


「妻と娘に電話させてくれ」


今まで、どれだけ蔑ろにしてきたのだろうか。それを今更、自分でも呆れるが、よくそんなことが言えたもんだ、と思った。


印象の薄い男が鼻で笑って、言った。


「そんなの、自分のポケットに電話入ってんだろ。自分で電話しろよ」


そう言って、彼らは出て行った。

車のドアが閉まる音が聞こえ、エンジンがかかる音がし、タイヤの音が遠ざかっていった。





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