パネル 8〜澤村探偵事務所

第25話 2人組の男

ああ、言っちゃマズかったかなあ、とわざとらしく額に手を当てて、今のは聞かなかったことにできないですか、できないですよねぇ、と相変わらず小柳津大地は楽しんでいるようだ。彼の態度だけでも、こちらの気持ちを乱すのだが、さっきからキョトンとした表情をずっとこちらに向けている犬のぬいぐるみも、俺をイラつかせる要因の1つだ。


「澤村探偵事務所は、ご存知ですか?」


「ああ、佐原俊朗が調べたやつに載ってた。浅野さんの父親がやっていた探偵事務所だろ。そこにお前たちも所属していた」


彼は満足そうに何度も頷いた。


「そうです。でもそこが、ただの探偵事務所じゃなくて、殺しを請け負う探偵事務所だとしたら?」


そうだ、途中まで調べて、何の手がかりもなく諦め掛けていた時に、全てが順調に動き出したのはあの藤原景子の店で、堀内明子と浅野夫妻に会った後だ。あの時、小柳津大地もあのペットサロンにいた。


その後だ。その後、浅場直樹が佐原俊朗に依頼し、調べてもらった内容は、もしかしたら俺を炙り出すために、この小柳津大地が仕掛けたものかもしれない。


そして、この小柳津大地が言う『殺し屋』の話が事実なら..........。


ここから1秒でも早く逃げなければ。小柳津大地のあの黒のバックパックに何が入っているかわからない。今度取り出すものはiPadでも、犬のぬいぐるみでもない。


俺は立ち上がった。


が、立ち上がるため膝に力を入れ、中腰の姿勢になったかと思ったら、突然両肩を上から押さえつけられた。俺は上を仰ぎ見ると、サングラスをしたスキンヘッドの男が俺の肩を抑えている。スキンヘッドの男は、背中合わせになった後ろの席にいた。後ろのテーブルにはもう1人、地味な顔つきの男がいて、2人とも黒いスーツを着ていた。


はっ、とした。あの2人、警察と言って佐原俊朗を連行した2人組ではないか。スキンヘッドではなかったが、あの場には「かつら」が落ちていた。もう1人の顔を見ても印象が薄いため、確証はないが、このタイミングで出てくるこの2人組は、あの2人組で間違いはないだろう。


「大きい声は、出すな」


スキンヘッドは俺の肩を片手だけで押さえつけたまま、俺の隣に座った。


「あんたら、警察じゃねえな」


「警察官は、サングラスなんかしないんじゃないの」


そう言って、もう1人の印象の薄い男が、小柳津大地の隣に座った。


小柳津大地はニコニコしながら、隣に座った印象の薄い男に声をかけた。


「凄いですね。大人気じゃないですか、タイで」


「そうなんだよ、タイでは人気なんだよ。日本でも話題になったって言うから、日本に着いたら空港がヤバいことになってるかな、と思ってたんだけど、全く誰も俺たちのことに気づきやしねえ。ったく帰ってくるんじゃなかったよ」


なんだ、こいつら。有名人なのか。部外者の俺には会話の内容が要を得ない。


「ビザの関係で、一時、帰国しただけだろ」


スキンヘッドの男は、まるでロボットのように感情の読めない喋り方をする。

小柳津大地の仲間は、一体何人いるのだろうか。それに、この後、俺は何をされるのだろう。ただの取材でもなければ、殺されるような緊迫感もない。ただ、今まで、脅しで袋叩きにあった経験はあるが、殺されそうにまでなる経験はない、案外消される時というのは、こうも緊迫感のないものなのかもしれない。


「っていうか、ロイホ。お前、こいつにどこまで話すつもりなんだよ」


「どこまでって?」


「こいつ、雑誌記者なんだろ。全部書かれたらどうすんだよ」


「だから、全部書いてもらおうかなと、思いまして」


バカじゃねえの、と印象の薄い男は踏ん反り帰ったかと思うと、テーブル脇を通ったウエイターに、すみませんホットファッジサンデー1つ、と柔らかい口調で注文した。


「で、場所を変えて話しましょうか」


小柳津大地の提案も、印象の薄い男のオーダーする声よりも随分と柔らかい口調なのだが、そこには強制的な威圧感があった。


「おい、まだパフェ来てねえよ」


それに対し、スキンヘッドは、キャンセルしろ、と静かに言った。


俺はスキンヘッドの男に肘を掴まれ立たされた。小柳津大地は、感熱紙の伝票レシートを持ち、一緒にレジに向かう。

このなんとかサンデーっていうの、もう作っちゃってます?あ、じゃあ、代金は払いますので、そう言ってレジ脇にあったキャラクター物のメモ帳とシャーペンを一緒に買った。


小柳津大地は、そのメモ帳とシャーペンを俺に差し出した。


「取材するのにメモ帳必要でしょ」



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