第24話 殺し屋

ここまできたら、相手がどう出るか探っても無駄だ。佐原俊朗が、小柳津大地に会え、ということを伝えられた時には、小柳津大地はこちら側の協力者なのか、と思ったが、どうやら違うらしい。俺は、この男、もしからこの男の仲間たちに、まんまと騙されてここまで追い込まれただけだ。


俺はiPadを小柳津大地に突き返した。目が合う。俺の意を察したのか、どうぞ、という顔で微笑んでいる。


「どこから気づいてた」


フッ、と鼻で笑って小柳津大地は、最初からですよ、と言い、また黒のバックパックに手を突っ込み、なにやらごそごそと探していた。


「僕らはね、ちょっとしたネットワークで怪しい動きがあると知らせてくれる人がいるんです。『なんか、香川警備保障のこと調べてる人がいるよ』って。その後、ライブ会場の爆破事件のこと調べられたら、僕らにとっては要注意人物としてヒットするわけですよ」


こいつが言っている『僕ら』とは、誰のことを言っているのか。小柳津大地以外に、堀内明子、浅野夫妻のことなのか、藤原景子や火村誠も関係してくるのか。

小柳津大地は、バックパックを覗き込み、小さな声で、あった、といって中から拳くらいの大きさの薄い茶色の塊を出した。それはUFOキャッチャーの景品のような小さな犬のぬいぐるみだった。そのぬいぐるみを、ワンワン、と動かしてから俺の方に向けて置いた。


「お前、からかってるのか」


「韮沢さん、凄い怖い顔してるから。僕、ものすごいケンカ弱いですから、韮沢さんが怒って殴りかかってきたら勝てないです。だから、このワンちゃんが威嚇してます」


そう言って楽しそうに犬のぬいぐるみを動かす。こいつは、俺のことを怖いとも思っていないし、単に、からかっているだけだ。


「それで、怪しい人がいるなあ、って思ってたら、景子さんのお店の常連になってるじゃないですか。景子さんに聞いたら、井宮さんの知り合いでジャーナリストの韮沢さん、って教えてくれて、合点がいったわけですよ。このジャーナリストさんは、僕たちのことを調べてるんだなって」


「井宮のことも知ってるのか」


「あそこに来る、ホームレスさんたちは、だいたい友達です」


何故だろう、小柳津大地と話していると、ベラベラと真相を話しているようで、なにか話題を晒されてる気になる。


「韮沢さんの雑誌、廃刊になるんですって?」


ああ、俺は投げやりに答えた。


「最後の花火を上げるみたいな感じで、僕らのこと記事にしようと考えてたんですか」


このままじゃ、埒があかない。単刀直入に聞いた。


「香川警備保障を襲撃している動画を見た。あれはお前たちか?」


彼は表情を変えずに頷いた。


「香川警備保障の人員を薄くするために、ライブ会場で、爆弾騒ぎを起こしたのか」


彼はさっきと同じ表情で頷いた。


「何故だ」


うーん、小柳津大地は人差し指で顳顬を掻きながら、言葉を探している風だが、多分それもフリなのだろう。

どこまで言っていいのかなぁ、店長に怒られるかなぁ、あっ、店長って言うと嫌がれるんだっけ、独り言がわざとらしい。

過去にもこういう態度の人間は山ほどいた。事件の鍵を握るチンピラや、密会の事情を知っている芸能人のマネージャーなど。焦らして、『金』を要求しているのだ。こちらをギリギリまで焦らして、イラつかせ、『金』さえ出せば喋りますよ、という態度だ。

こちらもこういう交渉術には慣れている。焦ってイラついたフリをしてやる。『金』は出したいのは山々なのだが、なにせ売れない記事屋なので少ししか出せない、これが精一杯だ、と今度はこちら側の焦らし、イラつかせる番だ。彼らは、思ったより少なくても、ゼロよりはマシだと判断するしかない。彼らは俺と会っている時点で「知っている」人間なのだ。金が満足いかないからと喋らなくても、「知っている人間」として八方塞がりなわけだ。


ただこの小柳津大地という男は、決して『金』が目当てではない。彼も誰かの指示で、こうして俺に会っているのだろう。その指示を出した人間もだいたいは見当がついている。だが、彼は、この状況を楽しんでいるようにしか見えない。それが俺をイラつかせるのだ。


「韮沢さん、『殺し屋』ってところまで辿り着いてます?」


俺は自分の耳を疑った。

聞き間違えたと思った。


そして、この事件に関わった最初に戻った。編集部に届いた読者のメール。


(私は香川警備保障に店舗防犯セキュリティを依頼していたのですが、なんの説明もなく突然の撤退の理由はなんだったのでしょうか。調べてみてください)


それと同じ日に目に止まった、もう1つのメール。


(一般の人でも頼める『殺し屋』があるという噂は本当ですか?)


俺は顔を上げ、小柳津大地を見た。

相変わらず、優しげな表情でこちらを見ている。



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