第20話 火村誠

目の前に座った2人は、恰幅の良い方が西山多津子と名乗った。もう1人の細身の白髪の女性は、柴田昌枝と名乗り、こちらの方が園長だった。俺たちは、見た目で恰幅が良い方が園長だと思い込んでいた。


俺は手帳を広げ、早速質問に入った。


「西山さんが以前勤めていた『あけぼの』の児童で堀内明子さんという方を覚えていらっしゃいますか?現在37歳なのですが」


その質問に対し、西山多津子ではなく、園長の柴田昌枝が答えた。


「ミーちゃんは、こちらの施設にもよく顔を見せますよ」


ミーちゃん?堀内明子の名前の中に「ミ」の文字はない。誰か別の人間と勘違いしているのか、堀内明子は、ここでは別名を名乗っているのか。


「ミーちゃん、というのは堀内さんのあだ名が、『ミント』だからです」


気づくと、火村が座った俺の後ろから手帳を覗き込むように立っていた。


「あの人の入れるアイスミントティーが有名で、東京ではそれが売りのカフェがあるんです」


火村は丁寧に説明してくれてはいるが、完全に俺たちのことを警戒している。無表情のまま、何を答えて、何を言うべきではないか考えている喋り方だった。


「火村くんはね、ここの卒園生で、色々あって今はここでお手伝いをしてくれているの」


園長の柴田は、顔こそ微笑んではいるが、やはり俺たちは警戒されていると感じた。隣で笑顔を携えている西山多津子は、先程から一言も言葉を発しない。


「俺は以前、ちょっと悪さをしていて、堀内さんに諭されたようなもので、今は他人のために何かできないかとここにいます。アンタ、俺たちの何を調べようとしてるんですか?」


まずい空気の流れになってきた。流れを変えようと、慌てて浅場直樹が口を挟む。


「韮沢さんは、その堀内さんのアイスティーを出すカフェの常連さんなんですよ。その堀内さんが店をやってなくて、でもそれでその店が繁盛してるって面白いじゃないですか。うちの出版社では、そういう隠れたグルメ店みたいな特集を組もうと思いまして、堀内さんの幼少時代から探ってみようと」


「嘘ですよ」浅場直樹の言葉を途中で、火村は遮った。


「アンタたち雑誌知ってますよ。なんか不倫だことの他人の弱み握って面白おかしく書いてるようなくだらない雑誌ですよね。堀内さんの何を探ってるんです?まさか、景子のことまで探ってるんじゃないでしょうね」


火村くん、今度は園長の柴田昌枝が火村の言葉を遮った。

景子というのは、カフェオーナーの藤原景子のことだろう。この火村という男は、藤原景子とどんな関係なのか。口調は静かだが、節々に威圧的な言動が混じる。

あれだけ調べても何も出てこなかったのに、きゅうに立て続けにうまく繋がってしまうことに、俺は違和感を感じた。


べつにそういうつもりじゃないですよ、浅場直樹は言い訳をするが、火村は掴みかかりそうな勢いで、景子のことは放っておいてください、と怒鳴った。


「いや、なにか勘違いなさっているようで。景子さんというのは、誰ですか?」


俺は今更手遅れかとはわかっていたが、惚けた。


「アンタ常連なんだろ」


やはり火村には通じなかった。ここではもうこれ以上なにも聞き出せないだろう。むしろ居心地の悪さしか感じない。

ここへきてやっと西山多津子が言葉を発した。


「明子さんのことは個人情報になりますので、何もお話しできることはありません。そう電話でもお伝えしたはずですが」


西山多津子の微笑みの裏には、確固たるものが存在していた。確かに電話でも何も話せないと言われた。それでもそちらに伺うと伝えると、来ていただいても何も話せませんよ、と答えられていた。そうは言っても、迎えいれられたことで、何か話してもらえるかと思ったが、そうは甘くなかった。

俺たちは退散することにした。ただ収穫がゼロというわけではなかった。柴田と西山に礼を言い、最後に振り返り、火村のフルネームを聞き出すことができた。


「火村誠だよ。もういいだろ、お引き取り願えませんか」


火村はそう言い、俺たちを応接室から追い出し、ちゃんと帰るのか確かめるためなのか、駐車スペースまでついてきた。


俺たちは諦め、車を出した。バックミラーには、こちらを睨む火村誠の姿がいつまでも写っていた。



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