第19話 きぼうのもり学園

堀内明子の情報を再度読んだ。


埼玉県の孤児院「あけぼの」で高校を卒業するまでの間、育てられている。まずは「あけぼの」の職員で堀内明子のことを知る人物はいないかと問い合わせるが、今現在は閉鎖されていた。元いた職員たちのその後の転職先はバラバラで、堀内明子が入所していた期間在籍していた元職員の中で消息がわかったのは2名だけだった。

1人は元園長で現在74歳、退職し地元の和歌山県に帰って老後を過ごしている。もう1人は現在56歳、「あけぼの」が閉鎖しれた後、千葉県の養護施設「きぼうのもり学園」に移り、現在副園長に就いている。


好きにやれ、か。


まずは車で行ける範囲の千葉に行ってみることにした。孤児院「あけぼの」の元職員を調べるにあたって協力してくれた浅場直樹も同行することになった。


自家用で出勤し、出版社の近くのコインパーキングに停めておいた。浅場直樹は当たり前のように助手席に座った。


「普通、歳下が運転するんじゃねえのか?」


俺はシートベルトを締めながら、世間一般で言うところの「ゆとり世代」に嫌味を言った。


「俺、ガチでペーパーですから。それに、なんかあった時、人の車だと自賠責とか保険とかきかないですよね」


ゆとりは悪びれもせずに言う。


カーナビを設定した。きぼうのもり学園は千葉の海岸沿いにあるらしい。ここからだと、首都高速湾岸線に乗り、東関東自動車道から湾岸習志野インターチェンジから降りるのが最短コースのようだ。


「アウトレット通りますね。ちょっと寄っていきません?俺、欲しい服あるんですよ」


「お前なぁ、デートじゃねえんだよ」


平日昼間の高速道路はトラックだらけだ。今日は海からの風が強く、前を走る車高の高いトラックは左右にフラついていた。俺はスピードを落とし、追越車線から来る車に、自分の車の前を譲った。

風でフラついているのか、それとも居眠り運転なのか、これで貰い事故でもしたら、たまったもんじゃない。


ただいつも、こういうトラックを見たりすると、休みも休憩も削って家族の為に身も削って働いている人を想像してしまう。街を歩いている時もそうだ。夏の暑い時期にもジャケットを羽織り、汗を拭いながらパンパンに書類を入れている重たそうなブリーフケースを持つサラリーマンや、作業着を真っ白にしてコンクリートを削る建築現場の作業員、みんな俺に比べればまともだ。

俺は他人の悪口や秘密を書いている、それが当事者にとって、都合が悪ければ悪いほど金になる仕事なのだ。まともな仕事ではない。俺の体のどこかには小さな誇りは持っているのだろうが、世間に胸を張れるような仕事ではない。建設会社の作業員が、あのビルはお父さんが建てたんだぞと娘に言うように、あの雑誌はお父さんが書いたんだぞ、なんて家族に胸を張れない。

どこかで辞めるタイミングは合ったはずなのだ。太田のようにこの仕事にしがみついても、どこかで外れることはできたはずだ。今まで、どのくらいのタイミングを失ってきたのだろう。


「直樹。お前の親父さんって、何仕事してんだ?」


車は東関東自動車道から湾岸習志野インターチェンジに向かっているところだ。


「うちっすか?親父は役所勤めです」


「硬いな」


「親父は地元で公務員になれって言われ続けましたけど、まあ、それが嫌で、東京でてきたんですけどね。何もやりたいことなかったから、こんなライターの仕事してるんですけど。今となっては親父の気持ちがわかりますね」


「お前、6月から、どうするんだ?」


「俺っすか?地元帰って、看護士になりますよ。俺、看護学校出てるんで、看護師の資格あるし」


こいつは、看護学校通っていて、何故よりにもよってライターの仕事を選んだのか。最近の若い奴らの思考回路にはついていけない。


しばらく走ると海岸沿いの通りに出た。きぼうのもり学園は、すぐにわかった。ゲートに大きな十字架が建てられていたからだ。

潮風が強く、門の前を掃除する男の髪の毛がグシャグシャになっていた。


すみません。俺は車から降り、その男に声をかけた。潮風が顔や首に当たり、肌がヒリヒリした。


「こちらに、西山多津子さんっていらっしゃいますか?」


男は乱れた髪を搔きあげ、副園長ですか、と言った。男はどちらかというと端正な顔立ちで、少し遊び人風の雰囲気があり、こういうボランディア施設で働いている職員としては意外な印象だった。


「ああ、あれですか?○X出版の方ですか?」


男はそう言って、半分閉まっていた門を開け、駐車スペースまで案内してくれた。男は火村と名乗った。火村は案内する時に、片足を引きずっていた。


俺たち2人は応接室に通された。

応接室に壁には、歴代の園長なのか、古めかしい胸上の写真が飾られている。みんなが優しそうな微笑みを携えた写真だ。


俺たちの座っているソファは、臙脂色のペイズリー柄の古いもので、ところどころに継接ぎが貼られている。火村が運んできてくれたお茶の入った湯呑も、高価なものではなく100円ショップで売っていそうな普通の湯呑だった。

さっき駐車スペースから歩いてくる時に見えた外の子供の遊具は真新しいものだった。低学年くらいの子供達が楽しそうに遊んでいた。寄付金で1年くらい前に建てたものだと火村が教えてくれた。

寄付金は子供達のために使われ、職員たち大人の使うものには贅沢をしない、そんな延長の姿勢が見える応接室だった。


しばらく待つと、恰幅の良い初老の女性と、細身の白髪の女性が応接室に入ってきた。

2人は微笑みながら、俺たちに頭を下げて、目の前のソファに座った。








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