第18話 廃刊

太田編集長は、大きく手を叩き、編集部にいるみんなの気を引いた。


「おい!みんな集まれ」


編集部にいる他の記者たちは、各々パソコンに向かっていたが、全員が顔を上げた。


「石橋と古手川は、取材に行ってますけど」


同僚の木田が言った。


「今いる奴だけでいい。みんな聞け。役員会議で、うちの週刊誌、5月で廃刊が決まった」


「え、うち部数キープできてるんじゃないですか」


木田が言う。


「部数は、キープできてても伸びてねえから、コスト抱えるより、売れてる女性誌に予算を回したいってよ」


「あんな女性誌、付録で売れてるだけじゃないっすか!」


いつもはおとなしい木田が、今日はヤケに太田に絡む。俺は太田が不機嫌な時点で、廃刊は予測していた。若い木田には、それが信じられないようだ。


「売れてりゃいいんだ、売れてりゃ。それに俺たちの記事なら、女性誌に載せられる。タレントの不倫や熱愛なんて、アプリや携帯ニュースで読めるからな。本にするのは時代遅れなんだとよ」


太田編集長は投げやりに言う。木田が大きな音を立ててデスクを叩いた。いつもおとなしい木田が、珍しく感情を露わにしていた。


「冗談じゃないっすよ!太田さん、あなたはそれで、いいんですか!!」


太田は木田の一言に、1度下を向いてから唾を飲み込み、木田の方を見ずに喋り出した。


「俺は今月いっぱいで、児童書の編集部に異動になった。子供が嫌いで、結婚しても子供を作らなかった俺がだ。笑えるだろ、その俺が児童書だ。なあ、韮沢」


太田が俺を見据える。


「べつに、笑えないっすよ」


俺はぶっきら棒に答えた。太田も記者として、ジャーナリストとしての誇りは僅かかもしれないが、未練たらしくも持っているのだと思う。べつに児童書を否定しているわけではない。元々うちの週刊誌はジャーナリズム色の強い雑誌であったが、次第に売れる読まれる内容に変え、今では芸能ニュースみたいな内容になっているが、太田もいつかはまた政治色ジャーナリズム色の強い雑誌に戻るかもしれないという淡い期待はあったのだと思う。この雑誌に関わっている限り、もしかしたらという縋る思いで、やってきたはずだ。なぜなら俺がそうだからだ。


ただ太田にも生活がある。彼は自分の生活を守るために、上にゴマを擦ってきたのもあるが、そうやってこの編集部と俺たち、この雑誌を守ってきたのかもしれない。俺たちの雑誌なんかどうでもよかったら、太田だってこんな態度はとらないだろう。投げやりに話していても、太田は誰とも目を合わせようとしない。

うちの出版社にとって、児童書は安泰の部所だ。紙媒体が売れなくなっている時代、児童書は学校や児童施設、また一般家庭でも子供の絵本くらいは買うのだろう、売上部数が落ちない部所なのだ。太田はむしろ、今回の人事異動では出世したのだ。


「俺は今月いっぱいだから、来月の廃刊までは責任は取れない。なんせ、俺は児童書編集部の部長だからな。俺は知ってるぞ。みんな影で、俺がゴマ擦り野郎だって言ってるの。そうだ、俺はゴマ擦り野郎だ。だけど、お前らはゴマ擦ってまで、自分のやりたい事曲げられない奴らばかりだろ。誰か俺についてきたい奴いるか」


太田の言葉に、さっきまで太田に突っかかっていた木田が、小さく手を挙げた。

俺は学年で1番人気だった女の子の筆箱が盗まれた時の小学生の学級会のことを思い出した。先生はみんなに顔を伏せさせ、盗んだ子は正直に手を挙げろ、と言うのだが俺は誰が犯人か気になって顔を上げると俺以外にも数名顔を上げていた。その時に手を挙げていたクラスメートと、木田は同じ表情をしていた。


木田は出産間近の妻がいるのだ。誰も責められない。


「木田だけか。木田、俺が上にお前の席も用意するように頼んでやる。他の奴は、いいのか?韮沢は?」


俺は首を振った。太田は太田で、俺の家庭のことを気にしてくれているのだろう。フリーの記者から、社員に上げてくれた奴だ。俺の事も気にかけてくれたが、反面俺が断る事もわかっていたのだろう。


「いいか、4月は後1週間、次号が俺の最後だ。来月は俺は知らん。お前らの好きにやれ。5月最初の号で突っ走るなよ。廃刊を早められるからな。3週目までは今まで通り、くだらん記事にしとけ。最終お前らが書きたいこと、好き勝手にやれ。来月1ヶ月しかないが、編集長は、韮沢。お前やれ」


太田は、この中で1番年上の川越さんの方を見たが、太田より年上の川越さんには荷が重すぎると思ったのか、俺に振ってきた。


無くなる雑誌の編集長など興味はない。俺がやったってやらなくたって、どっちだって一緒だ。

俺は頷いた。


「期待してるぞ。派手にやれ」


そう言って、太田は背中を丸めて編集部から出ていった。

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