パネル 5〜千葉県 養護施設「きぼうのもり学園」

第17話 トシローの調査表

1日置いて浅場直樹から、俺が彼の幼馴染に依頼した件の返答が返ってきた。A4のコピー用紙20枚ほどにまとめられた調査表に目を通す。


「随分早いな」


「あいつに調べさせたら速攻ですよ。まあ、違法ですけど。2万でいいそうです」




浅野真一 ペットサロン&ホテル リトルハンドオーナー 、静岡県袋井市出身 実家は小料理屋を経営、家族構成 父 母 弟 大学を卒業後東京の総合商社に入社 2年前に退職、その後探偵事務所にアルバイトで入社するが、約半年後探偵事務所は閉所。探偵事務所の経営は妻の父親(両親は離婚) 妻 楓との間に中学一年生の娘 里穂。


浅野楓 浅野真一の妻 同ペットサロンのトリマー 夫婦でペットサロンを経営している。東京都港区出身、両親は中学生の頃に離婚、家族構成 母、弟は探偵事務所を経営していた父方につく。真一と結婚後、広告代理店を退社しヨガのインストラクター、オフィスビルの受付、化粧品代理店の美容部員などをパートで転々とするが、美容部員を最後に専業主婦となっている。


澤村秀彦 浅野楓の父、警視庁を辞めた後、澤村探偵事務所を設立。1年ほど前に事務所を閉めてからは、元妻(新垣和江 楓の母)と余生を旅行三昧で、ほとんど日本にいない。


藤原景子 大学卒業後、大手企業の秘書課に勤務するが退職。理由は不明だが、退職した頃に両親が自殺。ホームレスにまで転落するが、1年前に「café Sun Flower」をオープン。


堀内明子 両親不明 埼玉県の孤児院「あけぼの」で育つ。23歳で結婚し翌年に長男 慶太が産まれる。夫は長男がまだ1歳にも満たない頃失踪、現在母1人子1人で生活。堀内明子も澤村探偵事務所の事務員として勤務していたが、閉所に伴い、そのまま浅野夫婦の経営するペットサロンで働く。

動画に写っていた薄緑色のワンピースの女と画像検証し、ほぼ本人に間違いないことがわかった。



調査表を半分程見終え、俺は顔を上げた。他にも出身高校や大学、学生の頃の成績表、アルバイトの小柳津大地や浅野楓の弟 澤村樹の経歴などがつらつらと並べられていたが、要約するとこんな内容だった。


「こんなの、よく調べられたな」


「だから、トシローは、パソコンさえあればなんでも覗けちゃうやつなんですよ」


浅場直樹は、さも自分が調べたかのように得意気に言った。この調査表を信じるとすると、あの動画に写っている女は堀内明子本人だということになっている。


俺はページを捲った。そこには「香川警備保障」と書かれていた。浅場直樹はその俺の手元を覗き込んで言った。


「あ、ついでにそれも調べてくれたみたいです。サービスですって」



香川警備保障 経営者 香川義信 警察OB元公安総務課、娘 恵美子の夫は元所轄署署長の財前大二郎。財前大二郎は突然署長を退任、その後家族でマレーシアに移住し、ボランティア活動している。


「なんだこりゃ?」


「ですよね。怪しさ満載じゃないですか」


香川警備保障のトラック事件(事故?)と娘婿の退任、海外に移住という流れは、なにか関係性があるのか。


情報が溢れ出し、纏まりがつかない。ただ怪しさだけが募っていく。今までの経験上、よくないことに足を踏み入れてしまった感も大きい。1つ1つの点が増えた。その点が繋がらない。どれか1つが繋がれば、あと一歩踏み込めば、全てが繋がりそうにも思える。現状では、ただのバラバラな情報、点の集まりでしかない。

ただ、そのあと一歩を踏み込んでいいのかが検討つかない。取り返しがつかないことが起きそうな前兆を感じてしまう。今までもマズそうな案件に関わったこともあるが、取り返しのつかないことになってしまったことはない。たが、今回はマズい気がする。もう既にトシローとやらに調べてもらった時点で法を犯しているのだ。


「っていうか、こんなん色々簡単に調べられるんなら、最初っからトシローに頼めば良かったですね」


浅場直樹は悪びれた様子もなく言う。


「何がだ!」


振り返ると太田編集長だった。太田は、朝から役員も呼ばれている会議から、編集部に帰ってきた。いつも不機嫌だが、今日は輪をかけて不機嫌だ。


「韮沢」


暗く重い声。どうせまた、くだらねえことに首突っ込むな、と言いたいのだろう。俺はデスクの上に広げたA4の調査表を掻き集めて、手元にあったファイルに無造作に挟んで隠した。


「お前の好きにしろ」


いつも俺のやることに否定的な太田が肯定するとなると、こちらはこちらで、取り返しのつかないことに巻き込まれている気がした。

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