第16話 堀内明子 浅野真一 浅野楓

アイスミントティーの入れ方を教わり、茶菓子まで出されて、世間話に楽しそうなフリをしながら犬猫の鳴き声に耐えること約2時間、俺の中でもそろそろ限界を迎えていた。

オーナーの浅野真一が、スタッフ控え室に預かっている犬を連れて入ってきた。俺は犬が嫌いなので、犬種なんかはわからない。片手で抱えられるくらいの白い毛のフサフサした小さな犬だった。

俺にとって、犬は犬。小さかろうが、大きさに関係なく、怖い。ビビっているのを見透かされたのか、犬は俺に向かって、キャン、と吠えた。掌と背中に汗が滲んできた。


「お店の方は、大丈夫ですか?」


声が震えそうなのを我慢して、平静を装って聞いてみた。


「大丈夫ですよ。バイトの子が来たので」


浅野真一がそう答えている最中にも、犬は小さくて薄い舌を出し、浅野真一の首元を舐めている。


「あ、大地くん、来たの?」


トリマーで妻の浅野楓が言った。大学生で小柳津大地というのがアルバイトの名前らしい。スタッフ控え室からはガラス窓があり、店頭を覗くことができる。控え室にいても、客が入って来たのがわかるような作りになっていた。店頭には茶髪の若い男がいた。


café Sun Flowerから続いている和気藹々ムードは変わらない。

俺のことを怪しんで、どんな人間か探るために迎え入れられたのか、本当にアイスミントティーの入れ方を知りたいと勘違いしているのか、彼らの意図が見えない。

トリマーの浅野楓と、スタッフの堀内明子は女子高生のようにはしゃいでお喋りをしていた。その様子を犬の毛をブラッシングしながら笑顔で眺めている口数の少ない旦那の浅野真一。俺のことを疑って、審査されているのか、浅野真一の作られたような笑顔の細い目が、おっとりとしている旦那のようにも見えるが、そんな鋭い一面も隠しているのでは、と疑った目で見てしまう。


今までいろんな人間を接したり、調べたりしてきたが、悪人顔している人間ほど見掛け倒しであることの方が多い。場合によっては極悪人だったりする場合もあるが、犯罪に加担している人間ほど、特徴のない普通の顔か、意外に善人顔であることが多かった。この浅野真一は、極端に善人顔だ。

人は誰でも、他人を恨んだり妬んだり、時には殺意も芽生えたり、どんな善人でも負の感情というものを抱えて、それが表情に滲み出ているものだ。楽しいのに、それが過ぎ去った後の虚しさや寂しさがよぎったり、また逆に悲しい時に客観視した自分の姿や周りの光景を滑稽に思えたり、別々の、または何種類もの感情が入り混じった表情を持っているものだ。

楽しい時に楽しい、悲しい時に悲しいと100%表情に出せるのは小さな子供だけだ。大人になってまでそれができるのは、とんでもなく金持ちの苦労知らずの坊々か、後ろめたい部分を完全に隠している悪党かどちらかだ、と俺は思っている。


「韮沢さん。抱っこします?」


そう言いながら、浅野真一は抱えていた犬を俺の膝の上に置こうとした。


俺は言葉になっていない叫び声を上げてしまった。

椅子から転げ落ち、後退りし、両手を思いっきり振って、ジタバタしてしまった。


「もしかして、ワンチャン、苦手ですか?」


惚けた顔で浅野真一が、すみません、と床に腰をつけた俺に手を差し出してきた。


「ニラちゃん、それならそうと言ってくれればいいのに」


馴れ馴れしくトリマーの浅野楓に、バシッと肩を平手打ちされた。

動物が苦手なことを正直に言い、このタイミングを逃さず退散した。


「また、景子ちゃんのお店でね」


堀内明子は、俺を店の外まで見送り、手を振ってきた。俺は動物嫌いのアイスミントティーに興味がある女子力ちょっと高めなおじさんを装い深々頭を下げて、早歩きでその場を去った。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


ペットサロンから遠ざかり、振り返って尾行がいないか確認した。そして浅場直樹に電話をした。


「はい」


ぶっきら棒な返事。それが歳上に対する態度か。


「直樹、お前の知り合いで、非合法でも、なんか色々調べられる奴いるって言ってたよな」


「ああ。トシローですか?」


「いや、名前は知らねえけど」


「引き篭もりって言った俺の幼馴染ですよね。なんか調べるの頼みます?」


「高えのか?」


「んー、1件につき5.000円ってとこじゃないですか」


「そんなに安いのか」


「あいつは、外に出たくないだけで、欲はないですよ。べつに働かなくても、親が面倒みてくれてるし」


「そうか、じゃあ調べて欲しいこと、LINEで送るから、至急頼む」


俺は電話を切り、堀内明子、浅野真一、浅野楓、藤原景子、香川警備保障の動画の件、そして店の名前や関連することなどを箇条書きにして、LINEで送信した。


LINEはすぐに既読がつき、返信が返ってきた。


:セット価格で、2万にまけさせますよ:

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