パネル 3〜カフェ サンフラワー

第11話 情報屋 井宮

あれから10日以上経つが、なんの進展もない。前回取材できなかった元香川警備保障の近辺、アムレト警備の社員、デエスミニオンの所属事務所のスタッフなど、聞き込みからは、これといってなんの情報も掴めない。


その間に1つ記事を書いた。

先週逮捕された下着泥棒の時間だ。一人暮らしの女性の家に忍び込み下着を盗んでくるのは、よくある普通の下着泥棒だが、この容疑者、その盗んだ下着を一人暮らしの男性の家に置いてくるという奇妙な事件だった。

この容疑者の自供によると、下着を盗むスリルを覚え、盗んだ下着には興味がなく、なにか人のためにならないかと考え、モテなさそうな一人暮らしの男を調査し、その家に置いてくるという、なんともアホらしい事件で、またこの容疑者がイケメン料理人として、テレビの情報番組で取り上げられるちょっとした有名人というのも、記事に反響があった。


太田編集長には、お前はこういう記事を書いてりゃいいんだ、と言われた。遠回しに、香川警備保障の件はもう諦めろ、と言いたいようだ。


次週の締切に間に合うネタは書けたので、珍しく定時にあがった。

街は金曜日の夕方ということもあり、スーツ姿の仕事終わりのサラリーマンや、買い物客で、ごった返しだ。人通りの多い道を迂回し、いつもは通らない裏道を歩いた。それでも人は大勢出ている。


そこで、見知った顔を発見した。

情報屋の井宮だ。

一瞬、ただ似ているだけで人違いだと思った。井宮はホームレスで、いつもは荒川河川敷辺りを寝床にしている。当然、何日も洗っていないような汚い服装であることが多い。元々何色だったかわからないような薄いコートを夏でも羽織っていたりする。髭も伸ばしっ放しだ。

それが、綺麗に髭を剃り、小ざっぱりした紺のジャケットに灰色のスラックスを履き、プレスのかかったシャツを着ている。

他人の空似だろうと思うが、顔を前に突き出したような猫背、左足を引きずる歩き方、顔だけでなく井宮との共通項が多い。


俺は気になり、後をつけた。


井宮と思しき男は、迷ったそぶりもなくスタスタ歩いていく。どこへ行くつもりなのか。

今はホームレスから足を洗い、服装に気を遣えるほどの生活をしているのか。それか、俺以外の人間から、ちゃんとした身なりでないと入れない場所で何か調べるよう依頼されたのか。

今、声をかけて聞けばいいのだが、なんとなく誤魔化されそうな気がした。


井宮は不意に、なんの事務所かわからないが、すでに電気が消えて暗くなっているビルの前で足を止めた。俺はすぐそばの雑居ビルの階段に身を隠した。

ビルの壁から覗き込むと、井宮は自分の髪やシャツの襟を触ったりしている。どうやら、ガラスに映った姿を見て、自分の身嗜みを整えているようだ。


井宮はビルのガラス窓から向き直り、隣にある店に入っていった。


俺は1〜2分ほど時間をあけ、店から井宮が出てこないことを確認すると、その店に近づいた。

店の入り口には大きな鉢植えがあり、鉢植えには、なにも植えられてなく、「OPEN」と書かれた木の看板が刺さっていた。見上げると、店舗の扉には「café Sun Flower」と書かれていた。

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