第10話 デエスミニオン マネージャー吉田(2)
「その後、なにも犯人から連絡もないんですよ。目的が全くわからないんです。だから、目的はウチじゃなくて、お爺さんの方なんではと思うのですが」
たぶん省庁に聞いても、どんな内容にせよ、俺たちみたいな雑誌の取材は門前払いだろう。
「メンバーたちには、財務省がらみだということは知らせてないですけど、勘のいいメンバーは気付いていると思います。谷村栞だけ気付いてない節はありますね。あの子ちょっと足りないですから」
そう言って吉田は、自分の頭を指差した。吉田は俺と話しているが、さっきからチラチラ浅場直樹の方を覗きみている。渡邊愛梨のことを気にしているようだ。それは記事にしないでくださいね、目がそう言っている。浅場直樹は、その視線に気づいて、小さく頷いてみせるが、たぶんこいつは書くだろう、浅場直樹の目はそう言っている。
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俺たちはカフェを出た。別れ際に吉田は何度も浅場直樹に目配せをしていたが、彼は素知らぬフリをしていた。
歩いているのは、白シャツを着たサラリーマンや学生たちが多かった。その昼過ぎの喧騒の中に混じり、俺たちは歩いて駅まで向かった。
「いやぁー、収穫アリでしたねー」
「お前、あれ書くのか」
「まだ、温めておきますよ。まだレギュラーじゃない子じゃあ、ありがちっすからね。マネージャーがレギュラーに上げてあげるからって手え出したって、そんなつまんない記事書きませんよ。人気が出たら、その時に考えます」
底意地の悪い笑みの後輩記者は、俺なんかよりも上手く出世していくんだろうな、それと比べて自分の不器用さを不甲斐なく感じる。
編集部に戻ると、俺はもう1度手帳の最初から振り返って、キーワードと思われる事象を大きい紙に書き出していった。
このライブ会場爆破事件は、爆破することが目的ではない気がする。谷村栞をターゲットにその爺さんを脅すというのも無理がある。
例えば脅しなら、何か要求があって、それが通らなかったら予告通り爆破したことになる。ただ爆破された場所は、ライブ会場では人が入らない場所、第二電気室を選ばれている。そんなところを爆破したところで脅しにはならない。配慮がいき過ぎている気もする。
そもそも財務省の人間が孫娘を人質に取られて脅されることってなんだ?法務省であれば、服役囚を解放しろだったりとか、なんらかの要求が考えられる。だが法務省に脅すなんて聞いたことがない。防衛省、外務省と比べて財務省というところがピンとこない。
どの省庁でも、脅せれば誰でも良かったのか。ダメだ、話が堂々巡りだ。
一旦、財務省の爺さんのことは置いておこう。この手のジャンルはどうも苦手だ。知識が足りな過ぎる。
じゃあ、財務省の爺さんの脅しでもなければ、熱狂的なファンの仕業だとして考えよう。谷村栞の熱狂的なファンが、なんのために爆破予告をするのだろう。ファンの域を超えて、どうにかして独占したくて、手段を選ばず脅迫した........、違う、だったら爺さんにまで脅迫する必要がない。目的が掴めない。
警備員を増員させてまで騒がせた愉快犯なのか。違う、なにかしっくりこない。
俺はなぜ、こんな事件に興味が湧いたのだろう。なにかある、という勘みたいなものが湧いた気がしたが、長い間同じようなつまらない記事ばかり書いてきたせいで、その勘が鈍っていたのかもしれない。
「ニラさん、こういうの、どうっすかね」
1つ席を離れて、パソコンを開いていた浅場直樹が俺の元にパソコンを向けて、書いた記事を見せてきた。
先程話したマネージャーが訳あって推していた渡邊愛梨の記事。
:担当マネージャーがプッシュするニューフェイス 渡邊愛梨:
「こういう感じで、何人かピックアップするコーナー作って、この渡邊愛梨が早く人気出るようにして、人気が出たら、実は!みたいな感じで、どうっすかね」
「あ、そう。太田編集長が好きそうな感じだな」
ニラさん素っ気ないっすね、と俺のキーワードを書いた紙を覗き込んで、
「ああ、それやってたんですか。忘れてましたよ。自分ばっかり収穫あって、すみません」
ヘラヘラした顔で浅場直樹は、また席に戻った。
「でも、目的がわかんないですよね。なんか、ライブ会場の爆破事件のせいで、結局困ったのは手薄になったところカチコミされた、なんとか警備保障ですよね」
なにか閃きそうだった。香川警備保障のカチコミが本来の目的だったことにすると、普段待機している警備員なりスタッフなりを減らすために、近くで催されている香川警備保障の下請け会社が警備するライブ会場でなんらかの騒ぎを起こせば増員の要請がくる。そうなれば、目的は谷村栞でも爺さんでもない。
その方が、しっくりくる。
ただ、香川警備保障をカチコミするような理由が見当たらない。ダメだ、また堂々巡りだ。
なにかを掴みかけたと思っていると、後ろから肩を掴まれた。
「おい、面倒なことに首を突っ込むなと言っただろ。金になる記事を書けよ」
振り返ると太田編集長が冷たい目で、俺を見下ろしていた。
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