第7話 聞き込み

とりあえず、俺は「ミュージックスタジオ アオバ」のビルの周りから聞き込みを始めた。

このビルは、セレクトショップや人気カフェなどのお洒落な店が並ぶ大通りと、オフィスビルが並ぶ大通りに挟まれた、抜け道のような細い通りにある。オフィスビル側からの一方通行で、人通りが多いため、あまり車は通らない。


この細い一通にも、数店舗、貸しオフィスなどが並んでいるので、まずそこから聞き込みを始めた。

ここら一帯の家賃が高いせいかテナントの入れ替わりが激しく、半年前のトラック事故の件を知らない新しくオープンしたての店舗、または半年以上前からある店舗でもオーナーが常駐してなく雇われ店長の店舗などは半年以上続いているスタッフがいなくて、あまり知られていなかった。


事件を目撃情報を得られたと思うと見たと言うだけで特に有力な情報はない。たいした情報も掴めないまま、古くから営業していそうな、貴金属やハイブランドのバッグなどを取り扱うリサイクルショップを見つけた。要は質屋だ。60を過ぎたと思われる年配のオーナーと、若い店員が数名いる店で、話してくれたのは年配のオーナーと若い女の子店員だった。


「ビックリしましたよ。突然大きい音がして、その衝撃かウチの店も揺れて、この棚の香水が落っこちちゃって」


20歳前後と思われる若い女の店員は、慣れていないのか若い子の割に化粧が濃かった。夜の店でもバイトをしているのか、もしくはオーナーが夜の店から引き抜いてきたのか。香水の匂いをプンプンさせて、興奮気味に話した。


「初めは、地震かと思っちゃって、外からに出たらトラックが突っ込んじゃってるじゃないですかあ。もう警報機とかうるさくて。そしたら、野次馬とかもだんだん増えてきて。でも、パトカーとか全然来なくて。来たんですけど、来るの遅かったですよねー、社長」


社長と呼ばれた年配の男は、鼻の頭までズレ落ちた眼鏡越しに、目をキョロキョロ動かし、なにか思い出そうとしている。


「そう言えば、遅かったねぇ。パトカーはみーんな、あっちのコンサートの爆弾騒ぎの方に行っちゃってたみたいだけどね。

そう言えば、あの日、遅かったけどパトカーが来た時、そこの一通、入らなくなっちゃってたんだよね。なんか若い人たちが酔っ払って騒いでて、道塞いじゃって」


「違うよ、社長。若い人じゃなくて、ホームレスだったよ。なんでわざわざこんなところでって思ったんだけど。20人くらいは、いたよね」


俺は手帳に、ホームレス、20人とメモった。


「そうだったねえ。ここらじゃ、ホームレスって珍しいんだよ。この辺、コンビニないし、ああいう人たちは、コンビニの廃棄した弁当狙って寄ってくるんでしょ。ここの通り、コンビニないし、こっちはオフィス街で、あっちは洋服屋さんとかいっぱいある洒落た通りでしょ。ホームレスが、この道通る理由がないもんねえ」


ホームレスの話なら井宮に聞いてみよう、と考えた。井宮は俺の囲っているホームレスの情報屋だ。


「その突っ込んだトラックから、人がたくさん降りて来て、警備会社を襲撃したというんですが、それは見ましたか?」


俺の質問に、2人は首を傾げて、目を見合わせる。


「ありゃあ、襲撃っていうのかなあ。なんか若いお兄ちゃん、お姉ちゃんとか、バラバラな人達が降りて来て、中入ってだだけどなあ。中学生くらいの女の子もいたなあ」


「そうそう、見たときはあたしもビックリしたけど、ちょっと拍子抜けしちゃうような人達だったよ。でも、次の日全然、ニュースとかでもやらないし、あれはテレビのドッキリみたいなのか、映画の撮影だったんじゃないかなぁって思ってたんだけど」


俺のメモには、若い男女、女の子、ニュース報道なし、と書き足された。


「それにしたって酷い話だよ。ご近所さんだし、何かあっても24時間体制でのセキュリティでなんて言うもんだから、新しく防犯機材取り付けられて、うちじゃあさ、こういう高い物扱ってるから尚更必要だって言うんで、高い金額出して、この機材全部取り替えたんだから」


さっきまで、のんびり口調だったオーナーは急に早口になって、俺に怒っているかのように話し始めた。この店舗には至る所に防犯カメラや、ショーウィンドウには割れた振動で鳴る警報機など、たくさんの防犯機材が取り付けられていた。


「そしたら、あのビルのエントランス修理したと思ったら、もうあの会社じゃなくなってんだよね。この機材どうするんだって、なんで会社がなくなってんだって、でも文句言うところないから、どうしようかっていう時に、ありゃあ、誰だっけ?警視庁の人かな、なんか、新しい警備会社を紹介してくれて、そのまま機材は使えることになったんだけど。あとこの機材の代金と迷惑料だって、金振り込まれたんだよな。結構貰ったよ、なんか口止め料みたいだなって話してたんだけど」


俺は、とりあえずメモした。なぜ、ここで警視庁の人間がアフターフォローするのか見当がつかない。たぶん彼が言うように口止め料なのだろうが、なんの口止めなのか。


「社長、そういうのは言っちゃあダメなやつじゃないですか」


「ああ、アンタ!それは記事にしないでくれ、な」


書きませんから大丈夫ですよ、と慌てるオーナーを前にそう答えていると、ポケットの中で携帯が震えているのに気づいた。

浅場直樹からだった。


「ニラさん、面白い写真見つけましたよ。あと、ちょっと見せたいものあるので至急戻って来てください」


携帯を切ると同時に、ピコン、とLINEの着信音が鳴った。浅場直樹からで、LINEを開くと、若い警備員がアイドルの踊るステージをバックに自撮りで撮った写真が送られてきた。

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