第11話 アップデート

 今日も今日とて、仕事の依頼は舞い込むもの。また待機部屋に内線がかかってくる。

「おー、松本。仕事の依頼だぞ。今度はソフトウェアが立ち上がらないって依頼だ。すぐに向かってくれ」

 ソフト面での対応なら、田中も一緒の方が良いだろうと思い、田中に声をかけて一緒に行く事にした。いつもの工具類は忘れずに。


 現場は、いわゆる普通の日本家屋の個人宅。少し古めかしい風情、といった感じだ。早速ドアチャイムを鳴らす。

「お世話になっております。タカハシ電子サービスです。VR機器の不具合についてお伺い致しました」

 いつもの挨拶をインターホンにすると、しばらくして出てきたのは、初老の男性だった。口髭を蓄えて髪に白いものが混じる、典型的な『紳士』然としていた風貌だった。

「お疲れ様です。さ、どうぞ中へ」


 中に入るよう促されると、居間の片隅にかなり古いVR機器が置いてあった。大きめのヘッドフォンの前にゴーグル、後ろの後頭部に機器の基盤本体がくっついた、VRが流行り始めた頃に販売されたかなり昔の形式『MZ-1500』という機器だった。







「それでトラブルなのですが、ソフトが立ち上がらないと?」

 確認の意味も込めて訪ねると、その紳士は首肯をして話し始める。

「ええ、そうなんです。やってみたいソフトが手に入ったのですが、なぜか読み込んでくれなくて。それでご相談をしたのです」

「了解しました。では、ちょっと機器を確認してみますね」

 とりあえず俺はまず、機器の不具合を見てみる。配線の緩みや切れ、後頭部にある基盤のグラつきなど。一通り見てみたが、異常は見受けられない。そうなったら、隣にいる田中の出番だ。


「じゃ、プログラムを見てみましょう」

 そう言って、後頭部の本体に配線を差し込み、さらにそれをノートパソコンに繋げて、VR機器を起動させる。ノートパソコンの方には、青い画面に白いアルファベットの文字羅列が並んで流れて行った。VR機器の内容を見ているのだろう。






 しばらくキーボードを叩いていた田中が手を止め、お客さんが買ってきたソフトの外箱をしげしげと見つめる。表側から裏側・側面に至るまで全て。そうしてポツリと呟いた。

「こりゃ無理っぽそうだな」

「ん? どういう事だ?」

 俺の問いに、ゆっくりとした口調で答える。

「このソフトが起動するのに必要なスペックを満たしていないって事だよ。機器そのものが古いからね」

 それから田中はお客さんに向き直って、状況を解説する。

「まず、機器のOSのバージョンが古いんです。このソフトを起動させるには、バージョンは5.2.8が必要なんです。ですが、この機器はバージョンが2.7.2と、古いままなんです」

 さらに解説は続く。

「で、私のノートパソコンの方でアップデートを試みましたが、すでにこの機器は生産も終了し、保障期間も切れているんです。アップデートも出来ません。申し訳ありません」

 田中が、しおらしく頭を下げる。田中でも無理なら、もうお手上げだろう。

「今だと、もっとお手頃な値段で質の高いVR機器はありますし、買い直す事をオススメします」






「そうですか…」

 お客さんは顎に手を当てて考え込む。

「いえ、息子が買ってくれたものでしたから…。買い直すとなると、ちょっと寂しくなると言うか…」

 俺は心の中で「ああ…」と呟いた。俺たちにとってはただの機器でも、この人にとっては大切な思い出の品なのだ。

「とりあえず、VR機器の新しいカタログを持って来ていますので、それをご覧下さい。どうするかは、お客さんにお任せします」


 この日はそれで終了となった。

「今回の対応ですが、契約の範囲内ですので料金はかかりません。では、こちらの報告書にサインをフルネームで」

 サインを書いてもらい、帰る準備をして、俺はふとお客さんに声をかけてみた。

「あの…。差し出がましいようですが、もしお金がかかっても大丈夫でしたら、私の友人に細かな要望にも応えられる修理技能士の人がいます。その名刺をお渡ししましょうか?」

 お客さんはハッと顔を上げて、それから顔を崩して答えた。

「あ…ありがとうございます…。連絡、取ってみます」






 こういう時に、自分の力の無さを痛感する俺だった。もうちょっと自分でも出来る事があれば…、そう思わずにはいられなかった。


 出来る事を増やすために、もっと頑張らないとなぁ…。何となく、独りごちた。

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