第10話 深夜の巡回

 今日の俺は夜勤に入っていて、待機室で呑気のんきにおにぎりを食っていた。そうしたら珍しく、田中の方から俺に声がかけられた。

「あれ? 松本、今日はお前さんの巡回当番じゃなかったっけ?」

「え? やっべ(汗)。なら、早く出発しなくちゃ」

 今日の夜勤では、久し振りの巡回当番が回ってきていたのだ。それをすっかり忘れていた。やばいやばい。





 今や公共施設でも、自治体が資金潤沢であれば、VR機器を置いてある所も珍しくなくなった。ただそれ自体がかなり高価である事、部品だけでも高値で流通させられる事、基盤を溶かせば金が・配線をけば銅が取れるため、盗難の被害に合う事もしばしば。


 そのため、ウチの職員を不定期に公共施設に立ち入らせ、VR機器の異常の有無を点検しているのだ。それも夜中の0時過ぎに。気味が悪いし独りで心細いしで、同僚の間でも不評な仕事なのだ。


 とりあえず今回行く場所は、市街地のはじにある『青少年教育文化センター』という所。教育の一環として、美しい風景や工場などの見学の代用を、VRで見せているのだそうだ。






 今回は工具は必要無く、身体ひとつと書類と鍵束だけで、現地に向かう。一応警察で護身術の教育を受けたり、何かあった際の連絡が警備会社に行くようになってはいる。それでも、たったひとりで夜中の公共施設に行くのは勇気がいる。


 件の公共施設に到着して通用口の扉の前に到着すると、俺は鍵束を用意する。鍵を開ける前に、警備会社のセンサーが作動している状態を解除しなければならない。鍵束のひとつに細長いタグがついているので、それを警備の操作パネルに差し込む。すると『警備開始』から『警備解除』に表示が切り替わる。これで中に入っても大丈夫という事だ。


 入り口の鍵を解錠し、中に入る。中に入ったら、鍵を閉めるのは忘れずに。そうしないと泥棒が入ってきてしまうから、と警備会社から言われてる。

 丸く抜かれた窓からは、雲に遮られた弱い月明かりが入ってくる。白いリノリウムの床は照り返され、おぼろげながら公共施設の廊下を浮かび上がらせていた。

 俺は頭にライトを巻き付けて、電源を付ける。高輝度ルーメンのライトなので、誰もいない廊下を部分的に明るく照らしていた。ヘッドライト式なのは、両手が使えるようにという考えからだ。







 廊下を独り歩いて、VR機器を置いてある部屋まで到着する。もちろん入り口扉は鍵がかかっているから、鍵束を取り出してそこ用の鍵を引っ張り出し、鍵穴に差し込んで回す。ここの鍵は少しクセがあって、ちょっと扉本体を押しながら鍵を回さないと開かないのだ。

 少し四苦八苦しつつも部屋の鍵も開き、部屋の中に入る。そこには、4台のVR機器が鎮座していた。


 そしてVR機器に異常が無いか確認するのだか、その際に手袋が必要になる。警備会社の研修で言われたのだが、何かあった際に指紋が付いていては、警察の捜査の邪魔になるらしい。俺は薄い白手袋をして、機体に触る。


 配線や導線の異常、バイザーの割れなどの異常、電源がちゃんと切れているか、それらを確認する。機体数もよし! 電源OFFよし! 異常が無い事を確認する。






 俺はVR機器のある部屋から出て鍵を閉め、今度は事務室に入る。もちろん鍵を開けてだ。


 そこで、報告書を書く。テンプレートの報告書に従って、チェック項目の所にチェックを入れて、異常が無かった事を報告し、最後に俺のサインを書いてハンコを押して、施設の長であろう机に提出する。


 最後に事務室の扉も閉めて施錠し、通用口から出て鍵を閉めて、警備パネルにタグを差し込んで警備を開始させる。以上で終了だ。


 統括センターにスマホで電話をして、巡回が終了した事を報告する。

「お疲れさん。じゃ、戻ってきていいよ」

 いつものマイペースな同僚の許可を受け、社用車に乗り込む。ちょっと異質な緊張感から解放され、安堵とともにため息を吐き出す。


「さ、じゃあけぇるかね」

 今回の夜勤の仕事はこれで一段落。後は、非常時の連絡が無ければ終了だ。何事も無い事を祈ろう。

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