第9話 微妙な調整
「松本ー! 仕事だぞー!」
内線の向こうから、けたたましく統括センターの同僚が話してくる。また仕事の依頼が入ったようだ。詳しく話を聞くと、「マニピュレーターの感触が納得行かない」との事。なんの事かわからないまま、とりあえず言われた住所の個人宅に向かうのだった。いつも通り、工具を刺したベルトを腰に巻いて。
「お世話になっております、タカハシ電子サービスです。VR機器の不具合について参りました」
いつもの定型文の挨拶をインターホンにすると、すぐさま男性のお客さんが出てきた。日焼けして健康そうな肌艶に、ある程度鍛えられた胸板。おそらくなにがしかのスポーツをやっている人だと思われた。
「ああああ、ご苦労さん。さ、中に入って」
そう言われて通された居間にはVR機器が壁際に鎮座していた。型番を見る限り、少し古い機体だった。
「それで不具合というのは?」
統括センターで話は聞いていたが、改めてお客さんにその不具合がどのようなものか、確認する。するとこんな答えが返ってきた。
「いや実はね、ええと、どう言ったらいいのか…」
と、ちょっと歯切れ悪い返答をしてくる。
「感圧センサーの不具合なのかどうなのか…。とにかく何て言うか、VR上で物を触ってる感覚が、どうにも…鈍くてね。それで来てもらったって訳さ」
触っている感覚が鈍い? とりあえず手に取り付けるマニピュレーターを見ると、指先や手のひらに、感触を伝える『感圧センサー』が取り付けてあるタイプのものだった。つまり、VR上で触ったものが、木なのかぬいぐるみなのか、その感触がわかるタイプのものだった。
とりあえずはお客さんに、VR機器を起動してログインしてもらい、適当なソフトを立ち上げてもらった。その状態でお客さんと俺が交代し、画像の中に存在する積み木のブロックを手に取ってみる。
確かに手には感圧センサーのおかげで、固い物を持っている感触は伝わってくる。しかし確かにお客さんに言われた通り、積み木を持つ手には鈍い抵抗感が感じられた。
俺は一旦VR機器から出て、マニピュレーターの動き具合を確かめる。
手袋型のマニピュレーターの動きを点検してみるが、とりあえずの異常は見受けられない。そこで、関節部分を留めてあるネジをほんの少しだけドライバーで緩め、マニピュレーターの動き具合を調整する。ひとつの指に関節は3つ、計30ヵ所のネジの微調整を行ったのだ。
ネジと格闘する事20分ちょっと。すべてが微調整し終わった後で、お客さんに声をかける。
「お待たせしました。ちょっと関節部分の動きが渋いので、微調整してみました。もう一度確認をしてみて下さい」
お客さんをVR機器に座らせ、画面の中にある積み木を持ってもらった。
「お…、おお…」
良いのか悪いのか、わからない反応が返ってくる。持ったり離したり、その感触を確かめているようだ。
そしてお客さんは、おもむろに別のソフトを立ち上げる操作をする。そしてやはり、その感触を確かめるように手を動かす。
「おほほほほ。そうそうこれよこれ!」
なんともはや、気色の悪い声を上げて反応するお客さん。何を触っていたのか、何となく手の動きでわかった。俺も男だしな。
要は、女性の身体を触れるVRソフトを使っていたのだ。で、その触っている感触に納得が出来ず、ウチに依頼した、と。なんとも下らない依頼だった。
内心ゲンナリしつつもそれは表に出さず、最後の対応をする。
「では、大丈夫そうですね。これで終了と言う事で。で、今回は部品も交換してませんし、対応も契約の範囲内ですので、料金はかかりません。では、最後にこちらの報告書にフルネームでサインを」
お客さんは嬉々としてサインをし、仕事は終了となった。
VRのソフトは、多岐に渡る。今回のような男の欲求を満たすソフトはもちろん、ゲームや仕事のデバイスとしての役割も。
そんな便利なVR機器、その使い勝手の悪さを解消するのも、俺の役割という訳だ。ま、今回のはあまり当たりたくない仕事だけどな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます