第7話 コンセントが抜けてただけ

 今回の仕事場は、ちょっとしたカフェだった。VRを体験しながらシーシャ(トルコなどで吸う水タバコの事)を味わう、そういうお店だった。


「タカハシ電子サービスです。停電の異常が出てますので、お伺いしました」

 いつもの定型文でお店の中に入る。少し甘ったるい香りの中、頭に被るヘルメット型のVR機器4機のうちのひとつが、電源が落ちていたのだ。それを点検するのが、今回の仕事だ。


 一通りケーブル類やコネクタ類を見て回る。どれも異常は見受けられず、ケーブルの切れもコネクタの緩みも見られなかった。

 電源を調べるためにブレーカーの所も見てみたが、全てのブレーカーは上がっていた。試しに全てのブレーカーを押し上げてみたものの、中途半端に下がっている事も無く、キッチリ上がっていた。


 統括センターに電話をして、指示を仰ぐ。どこをどう見ても異常が無いのだ。

「どこも異常が無いですよ?」

 俺の問いに統括センター員も、電話の向こうで首をかしげていた。

「ちょっともう一回、ブレーカーを見てくれない? 本当に全部上がってる?」

「何度見ても同じですよ! 全部キッチリ上がってます!」

 ちょっと腹立たしくも反論する。


 そうこうしているうちにも、シーシャを楽しみたいお客が次から次へと入ってくる。俺のような、明らかに客ではない異質な輩に向けられる視線も痛く、とても居たたまれなかった。

 いい加減に堪忍袋の緒が切れ始めていたので、統括センターに電話する。

「もう他のお客さんも入り始めてますし、一旦俺は引き上げた方がいいですって。お店の営業の邪魔にしかならないですよ。後で技術専門担当に来てもらいましょうよ」

 その一言で方針も決まって、とりあえず機器の復旧は不可能と判断し、報告書を書いて引き上げる事となった。

「申し訳ありません、復旧できませんで。後で技術担当がまたお伺い致しますので、ご承知下さい。では、こちらの報告書にサインをフルネームで」






 それから数日たった日の事だった。

「松本、ちょっといいかな?」

 不意に統括センター長から声をかけられる。こういう時は決まって、悪い報告と相場は確定している。そして、その予想は外れなかった。

「前回に行ってもらったシーシャのカフェなんだけど、あれ、機器のコンセントが抜けてただけだったよ。もうちょっと注意して見てくれ」

 統括センター長は淡々と話す。機器の不具合の原因は、ただコンセントが抜けていただけだったのだ。


 んん?

 それを聞いた時、俺はちょっとした憤りを感じた。

「あれ? 普通、VR機器はかなり電力を食うから、ブレーカーから直接電気配線を取るのが普通じゃないですか。今回コンセントから電力を取ってるなんて、聞いた事が無いですよ。それに、統括センターの同僚だって、ブレーカーの事しか話をしなかったし。


 図面も無い状況で、お客も頻繁に入ってくる。そんな慌てた状況ですぐにわかる訳ないじゃないですか。それを俺のせいにするなんて、お門違いもいい所だ。統括センター長、アンタちゃんと仕事してるのか? イヤミを言うのが仕事じゃないだろう」

 俺の言葉に反論出来ないのか、センターのパソコンの画面を見つめ、注意は終わりと言わんばかりに知らん顔をしていた。

「チッ」

 わざと聞こえるように舌打ちをし、精一杯のイヤミで返す。この仕事の一番の問題は、ちゃんとした情報が行き渡っていない、情報の流通が滞っている所だ。


 中間管理職のクビをすげ替えるだけで、もっとマシな職場になるのにな。そう思う事案だった。

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