第6話 がらんどうの部屋

 今日は夜勤で、夜食のコッペパンを食べながら、指定の待機部屋に待機をしていた。その部屋に通じる内線が、けたたましく鳴る。こんな時に限って問題が出てくるのが、この仕事だ。


 統括センターからの内線に出ると、「最近契約した中村なかむらさん宅のVR機器の、予備バッテリーに劣化異常が出た」という事で、その対応に赴く事に。深夜でも対応するのが、ウチの会社なのだ。


 いつもの工具を刺したベルトを持ち、追加でノートみたいな大きさの予備バッテリーを交換用で用意して、出発だ。





 今回のお客さんの部屋は、質素なアパートのワンルームの一室だった。とりあえず扉をノックし、訪問を告げる。

「失礼致します。タカハシ電子サービスです。予備バッテリーの交換に参りました」

 やや間があって、青白い顔色をした痩せた青年が顔を覗かせる。「どうぞ」と促されて、部屋の中に入らせて頂く。

 ワンルームのアパートは必要最低限の物しか置いてなく、生活感も無い殺風景な部屋だった。そして部屋の中央に置かれていたのは、以前に扱った最新式の棺型VR機器『TT-101 ver.3』だ。殺風景な部屋に最新式のVR機器。いかにもアンバランスだと思った。



 そんな事を表情に出さず、俺は黙々と作業に取りかかる。棺の横にめ込んである非常用予備バッテリーの蓋を開け、用意していた新しい予備バッテリーと交換をする。

 電源をOFF・ONにしてリセットをかけると、正常を示すグリーンのパネルが点灯し、上手く行った事を示す。すぐに統括センターに電話をして、異常が無いか確認する。統括センターも、バッテリー異常は復旧し、正常に戻った事を連絡してくれた。


「作業は終わりました。それでは、報告書にサインをフルネームでお願い致します」

 いつもの定型文の終わりの言葉を述べ、報告書を差し出す。

 彼は乱雑にサインをし、それを俺に返した。文字は確かに乱雑だが、その筆圧が弱々しく、よれてかすれていた名前だった。








 作業中にお客さんの部屋をサッと見回したが、まともに生活出来ているとは思えないほどに殺風景だった。ゴミ箱にはカップラーメンの空きカップと割り箸しか無く、生活感がまるで無かった。


 今回のお客さんは、もしかしたらネット中毒の発展系『VR中毒』になっているのかも。高級なVR機器には似合わない、ワンルームのアパートに生活感の無さ。食費も高熱水費も削ってVRに注ぎ込んでいる、そんな感じではあった。


 人は、今の自分とは別の人間になりたがる。VRはそんな願いを簡単に叶えてくれる、夢のような装置だ。入り浸る訳もわかる。外見で差別される事も無く、日常とは違ってうまくコミュニケーションを取れる人たちも多い。


 VRに潜っていられる時間を規制しようという法律も、現在の国会で話し合われているものの、今の技術の進歩に法律が追い付いていないのが現状だ。


 早い所、どうにかして欲しいのが、現場の切実な願いだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る