第5話 同僚との仕事

 今回の件は、ちょっとややこしい事になりそうなので、同僚と一緒にバディを組んでの対応になった。


 同僚の名前は田中たなかいつき、見た目はごく普通のオッサンだが、ことプログラミングに関しては超一流の腕前を持つ、とは本人の言。そんな腕前があるなら、なんでこんな中小企業にいるんだか。






 今回の対応は、VR機器とパソコンを繋いだあるお客さんから、ちょっとパソコンの挙動に不審な所があるとの連絡が入った。その対応のために我々が呼ばれたという事だそうだ。


「失礼します。タカハシ電子サービスです」

 いつもの定型文の挨拶をして、個人宅の中に入らせて頂く。早速VR機器とパソコンを見せてもらうと、ネット回線を一度ノートパソコンに繋げ、そこから回線を伸ばしてVR機器に繋げる、3年ほど前に流行ったウイルス対策のための仕掛けらしい。


「さーて、ちゃちゃっとやっちゃいますか」

 田中はノリノリでノートパソコンに触れる。

 弄りだして数分経過した所だった。途端に田中の表情が曇る。何かが起こったのはすぐに類推できた。

「あれ? おかしいな? キーボードが反応しない!」

 ノートパソコンの画面はブラックアウトし、そこに白く浮き出ていた文字列が、どんどん文字化けして行っているのだ。そしてキーボードからの操作も受け付けなくなっていた。

「くっそ! キーボードはちゃんと接続してあるのに、なんで反応しないんだ!」

 乱雑にキーボードを叩く田中。その様子と画面の文字化けを見て、俺はあるウイルスを思い出した。


 俺はすぐさま割り込み、ノートパソコンの電源を長押しし、強制シャットアウトをした。

「田中! ケーブルを全部抜け! 早く!」

 同僚に厳しく命令し、ノートパソコンに繋がっていたケーブル類を全て抜いた。もちろん、VR機器に繋がっている回線もだ。

 しかし、


カリカリ カリカリカリ


 まだハードディスクの書き込み音が聞こえてきた。今度は部屋中を見回した。

「無線Wi-Fiとかはありますか?」

 焦る気持ちを抑えつつ、お客さんにたずねると、

「あそこに無線Wi-Fiが…」

 俺はすぐにWi-Fiに飛び付き、裏にあるスイッチをOFFにした。ようやくハードディスクの書き込みも止まり、一時的に平穏が訪れたのだ。


「一体何が…?」

 いまいち何が起こっていたのかわからない田中に、俺が解説を入れる。

「アレはウイルスだ。『エンキドゥ』の最新版だろう」

 そこからウイルスの解説を始めた。

「『エンキドゥ』は最新のウイルスだ。パソコンのプログラムは、突き詰めれば0と1で表せられる。それは知ってるよな?」

「は、はい」

「そのプログラムの0と1を、すべて0にしてしまうのが、『エンキドゥ』だ。このウイルスの前には、ワクチンソフトも防壁ウォールも意味が無い。何せ、全てのプログラムを根幹から壊してしまうのだから」

「ええっ! じゃあパソコンは…」

 焦ったお客さんは、俺に食って掛かってきた。

「残念ですが、初期化するしか方法はありません。最初のリカバリーソフトを入れても、初期の段階にまでしか戻せないでしょう」

 お客さんの落胆の色は、見た目からは創造出来ないものだろう。今まで積み上げてきたデータを、すべてロストしてしまったのだから。





「ああ…。レベルマックスのラメセス様が…」

 ん? ラメセス様?

「お客さん、もしかして『フリージングコフィン』をやってらっしゃる?」

「え、ええ。せっかく手元に来た推しなのに…」

 『フリージングコフィン』というゲームは、ダウンロード数は数百万を叩き出し、課金させる手段が上手く、様々な二次創作をも産み出しているバケモノゲームの事だ。もちろん、俺もやっている。

「お客さん。もしかしたら、そのゲームだったら大丈夫かも。あのゲームはゲーム会社の中にあるサーバーと端末との間で情報のやり取りをしているものだから、端末であるパソコンが壊れても元のデータは会社のサーバーにあるはず。だから…」

「ゲーム会社に連絡を取れば、復旧できる訳ですか?」

「100%の保証は無いですがね。それに、それはお客さんでやってもらうしかないですよ。個人情報保護の事もありますしね」

「………」

 お客さんの顔に少し、希望の光が差した、そんな表情だった。






「では、我々の対応はここまでです。対応は、契約の範囲内なので、料金はかかりません」

 いつもの終わりの言葉を述べ、終了を宣告する。そして報告書にサインをもらい、帰路に付いた訳なのである。


「松本さん、俺、今回は悔しいッス。なんでもっと迅速に対応出来なかったんだろう」

 悔しがる田中に、俺は声をかける。

「誰だって、初めては慌てるものさ。俺も一度見たから、対応がわかったっていうくらいだから。ま、何事も経験だよ。今回の事をかてにすればいいさ」


 帰りの車の中、重苦しい空気が支配していた。何事も経験。俺がつちかってきた、悔しさや憤り。それを次の仕事に生かせればいい。俺はそう思う。





 そんな訳で、厳しい仕事になった訳だ。こういう対応も、今後とも増えるだろう。

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