第4話 バイタルチェック

「ふーむ」

 いつになく統括センターの同僚の表情が優れない。眉間にシワを寄せて、画面に食い入るように見つめている。

「何かあったンですか?」

 俺が訪ねると、ちょうど良いとばかりに話を振ってくる。

「いやな、横田町の飯塚さん宅の機器なんだが…。ずーっとバイタル異常が出続けているんだ。機器の故障じゃないけど、松本、ちょっと行って様子を見てきてくれないか?」


 ウチの統括マシンは、24時間体制で機器の監視をしている。何か異常があれば、すぐに駆け付けるという事も出来る。

 で、今のところ俺に仕事は無い。もう行くしかないだろう。

「仕方ないですね。ちょっと見てきます」






 バイタル異常。それはVR機器を使っているユーザーの身体に、何らかのストレスがかかったりして、脈拍や呼吸に異常が出ているというサインだ。俺はイヤな予感がしつつも、行ってみる事にした。最悪、仏さんになったユーザーを見る羽目になるやも…。


 横田町の飯塚さん宅は、最近VR機器を購入してくれたお客さんで、その前に奥さんを で亡くした男独りの独居老人というヤツだ。独居老人は今やかなりの社会問題になってはいるものの、有効な手立ては打ててないのが今の政治の限界、だろう。






 さて、飯塚さんのお宅に来てみて、室内からは何やら話し声は聞こえる。最悪の事態は免れたようだ。

「すいません、タカハシ電子サービスです。機器の異常が出てましたので、お伺いに参りました」

 室内に声をかけても返事をしない。何かあったのだろうか? とりあえず統括センターに電話をして指示を仰ぐと、「うーん、どーしよっかねー」と他人事のように生返事が帰ってくる。

「ちょっともう1回、呼び掛けてみます」

 呆れた俺はスマホをポケットに戻して、玄関扉をノックする。しかし応答は無い。そっと玄関の扉に指をかけると、スルスルと音も無く開いた。鍵が掛かっていないのだ。


 そのまま中に入る俺。一歩間違えば、不法侵入でとっ捕まる事も。それでもイヤな予感には逆らえず、声のする方向に向かって足を進めた。すると、1人の男性老人がVR用のバイザーを被り手にセンサーの付いたグローブをはめて、部屋の中でウロウロとしていて何かと話しているのだ。


 あまりに奇妙な光景だったので、その老人に声をかけてみた。

「飯塚さん? 大丈夫ですか?」

 しかし老人は聞こえていないのか、まだ独り言をしゃべって手で何かを撫でていた。

 俺は思いきって、老人が被っているバイザーを剥がしてみた。

「飯塚さん、何をやってるンですか!」

「何を…何をするんじゃ…。登美子。登美子は、妻はどこじゃ…」

 剥がしたバイザーを覗き込むと、画面には1人のお婆さんの姿が映っていた。おそらくこの画像が、飯塚さんの言っている登美子さんなのだろう。


 すでに登美子さんは亡くなっている。そこで飯塚さんはVRを使い、登美子さんと会っているつもりになっているのだろう。

 ここでようやく理解が出来た。今や社会問題になり始めている問題、『VR依存症』。その状況が、今まさに目の前に存在していたのだ。

 自分の伴侶が亡くなったのは、どれほどの喪失感だろう。そしてVRを使えば、生前の姿で亡くなった伴侶を再現できる。声をかければ笑い、手を伸ばせば触れられる。そんなVRに、依存してしまうのも無理もない。


 俺は統括センターに電話をした。

「すいません、救急車を呼んで下さい。横田町の飯塚さん宅です。どうやらVR依存症ですね。すぐに治療が必要かも」






 結局は、飯塚さんは救急車に乗せられて、病院に搬送された。担架の上で暴れないように縛り付けられ、「登美子…登美子や…」と、うわごとのように奥さんの名前を呼んでいた。


 その後の飯塚さんがどうなったかは知らない。ウチの会社との契約も解消となり、今はもう関係の無い人になってしまった。


 今回の後味の悪い事案、今後に活かせるといいな、とは思う。ちなみに俺は不法侵入って事で、警察からはちょっと…いやかなり怒られたのは、言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る