第2話 VR機械の異常

 目的の個人宅に到着し、腰に工具を差し込んだベルトを巻き、社用車から降りて玄関に行き呼び鈴を鳴らす。

「どうもお世話になっております、タカハシ電子サービスです」


 しばらく間があって玄関の扉が開く。

「ちょっと遅いじゃない! 早くなさいな!」

 気の強そうなオバチャンが、不満を隠そうともせずにズケズケと言い放つ。そういうお客さんもなかなかに多いのが、この仕事だ。

「すいませんねぇ。道が混んでいたもので」

 適当な言い訳を見繕って話し、早速問題に入る。

「VRの機械に異常があるとか?」

「そうなのよー。画面に変なちらつきが出ちゃって。まったく不良品だわ!」

「ちょっと拝見させて頂きます」


 部屋の奥に置かれたマシンは、独りがけのソファーにフルフェイスのヘルメットのようなバイザー、手に装着するマニピュレーターがくっついた、3年前に発売されたVR機器『STR-1201』。一番簡便で堅牢な装置で、今の主流のVR機器の中では古い方の部類だ。


 スイッチを入れて機器を起動させると、確かに内側のバイザー部分に、ひどいノイズが出てきている。これでは見にくいだろう。

「こりゃひどく見にくいですね」

「そうなのよー。どうしてかしら?」

「色々調べてみますので、少々お時間を下さい」

 そう言って、俺は主電源を切った。


 まずはバイザー部分の汚れを疑うが、布で拭いても汚れは無い。次は、バイザーに繋がるケーブルなどの配線類を確認する。すると…

「ん? これか…」

 バイザーから伸びて本体に差し込まれるケーブルのコネクタ、そこがしっかりはまっておらず、ユルユルだったのだ。

 一度コネクタを外して布で拭き、もう一度差し直す。すると「カチン」と小さな音を立ててはまってくれた。今度は緩みもない。

 改めて電源を入れると、正常に起動してバイザーに映る画像もノイズも無く、とりあえず治ったようだ。


「一度ちょっと操作して頂けますか?」

 そう促してオバチャンを座らせる。ログインパスワードをマニピュレーターで入力すると、ノイズも無く正常に画面にグランドキャニオンの画像が映し出された。

「治ったわ! やっぱり専門家は違うわねー。ありがとう」

 短い謝礼を言われてログオフし、電源を切ってもらった。


「原因はコネクタの緩みですね。清掃してしっかり差し込んでおきましたので、もう大丈夫です」

「そう言えば、ユーザーサポートってお高いんでしょ? おいくら?」

「今回は契約の範囲内のサポートですので、料金はかかりません。ご安心下さい」

「あらー、そうなのね。ありがとう」

「では、報告書にサインを。フルネームでお願い致します」







 これが、俺のサイバーセキュリティの仕事だ。機器はコネクタの緩みや配線の切れ、何でもない事で不具合が起こってしまう、そんな些細なトラブルシューティングをするのが、仕事だ。それも24時間365日、誰かが待機して出動するので、何もない時は本当にヒマだ。


 トラブルと言っても、本当に些細なものばかりなのだ。

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