君だけに歌う恋歌

タクミンの冒険

第1話 歌姫

「その声はまるで天使のささやきのようだった」

「彼女が歌うと私の心は清められ、清流のごとく清らかな気持ちになれた」

「あの歌声なしでは生きていけない」


その当時、彼女に対する賞賛は聞かない日がないというほど世間をにぎわし、

社会現象とも呼べる状態だった。


全く音楽に興味がない俺でさえ彼女の事を知っているのだから大したものだ。


実際のところ容姿端麗、頭脳明晰で歌がうまいときている、天は二物以上のものを与えられたのだ。


そんなニュースが世間を騒がしていても、俺を取り巻く状況は全くといっていいほどごく平凡だった。

高校二年も終わりに近づいていたということもあり、早急に受験勉強に切り替え、全くといっていいほど面白みのない生活を送っていた。

早々と大学受験に切り替えたのはいいものの、とりわけ将来の夢はなく、とりあえずそこそのいい大学にいって、そこそこの企業に就職し、そこそこの幸せを味わいながら一生を終える、、、というのが人生の目標だ。

こんな何もやる気がないような俺だが、はじめから無気力だったわけではない。

その理由の一つがうちの家庭状況だ。

母子家庭の妹1人と弟2人の4人兄弟で母親は常に働いていたが経済状態は最悪だ。

しかし兄妹達のためにも俺は希望であり、ある意味の基準を示さなければならない。

そこでの目標が“そこそこ”なのだ。


家の中では自分の部屋というのはなかったため勉強をするにも常に雑音が耳に入る。

そんなときはイヤホンでいつもラジオを聞いていた。

MCの軽快なトークを聞きながら、受験勉強をする。

この時間だけが、唯一自分だけの世界にいるみたいだった。

そんななかよくリクエストされる曲があった。

そう彼女の曲だ。

勉強もしながらのながら聴きなので歌手名などは覚えないのだが、その流れてくる曲は間違いなく俺の脳に刻まれた。

心地いい声だった。


自分だけの世界に急に現れた癒しのオアシス、、、

その瞬間だけは将来の不安や周りの雑音から解放される。

しかしオアシスは1分から2分のまぼろし、、、

またMCの軽快なトークが流れ始めて俺を現実の世界に連れ戻すのだった。


そのような事が繰り返しある中で、季節は進んでいったある頃から、彼女の歌が流れる事が少なくなってきた。ネットニュースでは、なんと芸能活動を電撃引退するとのこと。そこまで深くは調べなかったが、俺は少なからず落ち込んだ。


もうあのオアシスは戻ってこない、、、


しかし大学受験が近づいていたこともあり、切り替えて勉強に専念した。

そうそもそもあれは“まぼろし”だったのだ。


そうして季節は流れて、、、

俺は大学生になった。

有名私立校や、国立とまではいかなかったが、自宅から通える県立の大学(そこそこ)に合格したのだ。

奨学金制度を使い、なるべく母親に迷惑がかからないようバイトをしながら大学生活を送ることになった。

家庭内での面目も保つことができた。

とりあえずは“合格”でしょ!と俺は思いながら、明日に控える入学式を前に多少踊る胸を抑えながら布団に入った。

しかしなかなか寝付けない、、、

そこでいつものようにラジオを聴きながら寝ることにした。

いつもながら軽快なトークのMC

心地よさを感じながら聴いていると、

「さあ続いては、先日芸能界引退を発表し世間を驚かせた歌姫の曲を聴いてもらいましょう」

ふと目が覚める。

しかし曲が流れ始めると、、

「ああ、、、癒される、、、」

懐かしい曲に目が一瞬ひらいたのだが最近の疲れのせいか眠ってしまった。

いろいろな重圧はあったが見事に乗り越えることができた自分を少し褒めながら眠りについた。

さあ明日からは新生活が始まる。

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君だけに歌う恋歌 タクミンの冒険 @takumin333

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