第30話 聖女 飯田結香

「お久しぶりですね。宗一様」

「様!」「様って!しかも名前呼びとは……」


 由奈と瑛十の姉弟が『様』にもの凄い反応を示す。

 それを横目に僕も挨拶を返す。


「やぁ、どうも、飯田さん今日は宜しくお願いします」


 それにしても可愛い。

 第二世代を代表するタレントBHと言っても良いだろうね。

 『聖女』飯田結香。

 癖の無い艶やかな髪は背中の中央ぐらいまで伸ばしたロングヘヤーで、ちょっと風が吹いたりするとふわりと揺れ良い香りを辺りに振りまく。

 素肌は透き通る様に白く、愛くるしい瞳は瞬きするだけでS.Z.Aの男共を魅了する。

 もうその威力は自動的オートマチック

 彼女が廊下を歩くだけで男共は振り向いてしまう。

 そんな美貌の持ち主。

 それが飯田結香だ。


 過去に合同作戦で何度か一緒になった事があり、同じS.Z.A本部勤務と言う事もありごくたまに顔を合わす程度の仲。 

 仲と言う言葉を使うのも烏滸がましいぐらいで、どちらかというと面識がある、と言った程度だ。

 そのはずなんだけど彼女は何時からか僕の事を様付けで呼ぶ様になり今に至る。

 最初は僕も吃驚したけど今は少し慣れた。

 そんな事より彼女が可愛すぎて近づかれるとそっちにどぎまぎしてしまい、ぶっちゃけ其処は大して気にならない。


「もう、結香と呼んで下さいと何時も言ってるじゃ無いですか」

「はは……」

「宗一様のおらっしゃるA班、結香が支援担当致します」

「あ、ありがとう」

「うふふ」


 飯田さんの瞳に見つめられるだけで、思わず『くっ……殺せ』と言いたくなる程になんか恥ずかしい。

 使い方間違ってるとか細かい突っ込みは良いんだよ。

 本当に思わず赤面してしまいそうになるんだから。

 齢32ににもなってこんなに女性に免疫無かったか僕はと少し凹む。


「お~、何いちゃついてんだ全く。時間ないんだからパパッとやったてくれよ嬢ちゃん」


 そう言って割って入ってくれたのは樋口さんだ。

 僕が飯田さんといちゃつくなんて、何言ってんだ樋口さんは。

 全く。


「了解しましたわ。まずは皆様に基礎能力上昇フィジカルアップ付与魔法エンチャントを掛けますので皆さん私の前に並んで下さい」


 飯田さんがそう言うと遠巻きに見ていたA班のメンバーがぞろぞろと彼女の前に集まる。

 心なしか皆が僕を見てにやついてる気がするのは気のせいなのだろうか?


「その身に宿す根源の力――――目覚めよ『身体能力強化フィジカルエンチャント』」

「その身に宿れ――――聖なる防壁よ『防護壁付与ディフィンスエンチャント』」


 僕らの周囲にLoonが手に取るように集まってくるのが分かる。

 身体に満ちるLoonの量自体が増える様な錯覚に陥る。

 いや実際増えているのかもしれない。

 間違いなく強化されている。


「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな―――――」


 飯田さんが高らかに、そして謳うかの様に詠唱し出した。

 これは確かスキル『聖なる守護』。

 リジェネ効果を付与する聖女だけに許された特別なスキル。


「慈しむ光、纏う星――――癒やせ「聖なる守護リジェネレイト」」


 皆の周囲に輝く星が衛星のように周回している。


「ありがてぇ」

「ああ、ここまでされちゃ負ける気がしないね」

「……助かる」


 口々に皆が飯田さんに礼を言う。


「支援魔法は2時間、聖なる守護は30分ほどで切れてしまいます。なるべくかけ続けれるようには致しますが私は前線には行けません。危なくなったら補給に戻ってきて下さい。その時に魔法はかけ直せますので」

「ああ、ありがとう。それじゃ僕らは次のポイントに移るよ」

「……ご武運を」


 両手を胸の前で組み潤んだ瞳で僕を見る飯田さん。

 美女の上目遣いとかクル物があるね。

 これは何というか、勘違いしそうだ。

 恥ずかしさの余り、ついくるりと背中を向けてしまう。

 振り向くと其処には生暖かい目で僕を見るA班の皆がいた。


「おら、行くぞ」

「はい」


 樋口さんの呼び声に答えるように僕は走り出す。

 


 第三ポイントは班によって分かれているが僕らは直ぐ其処の森の入口付近になる。

 昨日はこの森の中に恐ろしいほどのMEが潜んでいた。

 きっとゲリラ戦になるだろう。

 そんな事を考えて居たら通信が入ってくる。


「なぁ、ソウ」 

「何ですか?樋口さん」

「お前この作戦終わったらキャバクラとソープな」

「ブフッ」「ええ!」「良いかもな」「…卑猥」

「お前いい年なんだからそろそろ女慣れしとけ」


 何て事言い出すんだ樋口さんは。

 しかも個別コールじゃなくて班のコールで。


「何言ってんですか?」

「ん?なんつーかよ、アレじゃ嬢ちゃんが可哀相だぜ?」

「……一理ある」と瑛十。

「確かにね~」と由奈。

「一体なんの話し?」

「はぁぁあ~~~~、これだよったく」


 樋口さんが深いため息をつく。

 最後にちっと舌打ちが混じったように聞こえたのは気のせいだろうか?


「取り敢えずこの作戦終わったら飯田の嬢ちゃんにお前なんかお礼しとけ。出来たら飯も誘えよ」


 確かにこう言う大きな作戦では3課の世話になることがある。

 でもそれだと飯田さんじゃなくて3課の人達全員に礼をしなければならない事になるはずなんだけど……。


「ええ?何で飯田さん限定なんですか?」

「ったく、何でも良いから誘え」


 なんかもの凄く押してくるよね。

 あ、アレか?

 自分が飯田さんの隠れファンだけど自分は妻子持ちだから表立って誘えないから僕を利用するんだな。

 きっとそうだ。

 よし、断ろう。


「……来てくれないですよ、僕なんかが誘っても」

「あぁ、もう、めんどくせぇ~~~!!ぜってぃ来るから!!掛けても良い!だから誘え。良いな!!」

「え?はぁ、はい」


 と、思ったのだけど結局樋口さんにキレ気味に押し切られ誘わなければ行けなくなってしまった。

 

「第2世代では有名……『ベビーフェイス』は女泣かせ」


 ぼそりと瑛十が呟く。

『ベビーフェイス』か、僕も聞いた事ある。


「ああ、聞いた事あるよ、アレだろ?ピンチに助けたり、時には優しくしたりしてくれるけど決して声も掛けて来ないし誘いもしない。OKサイン出てるのに何にもしてこない優男って奴だろ?偶に聴くけどそんな人居たっけ?でもある意味紳士的だよね」


((((ダメだこりゃ))))

しばらくの間A班の会話は途切れ静寂が訪れたという。


□■□■□■□■□■



「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな―――――」


 黄金色の光を結香が纏う。

 その神々しい姿はまさしく聖女。

 

「慈しむ光、纏う星――――癒やせ「聖なる守護リジェネレイト」」


 B班の面々の周囲を黄金色の光の粒が周回する。

 その様子はまるで僕らを恒星に廻る衛星の様だ。


「――――姉様程じゃ無いにしてもあなたヤルじゃ無い」


 あまり無い胸を誇張するかのように雪が前に出る。

 こう言う様子をしゃしゃり出ると昔の人は例えたのだろう。

 雪は何故か結香に対してキツい。

 先輩にもだが一体この雪の周囲に対しての辺りの強さは何なんだろうか?

 組織は違うが一緒に戦う仲間なのだから仲良くすれば良いのに。

 それにしても雪の誇張された胸部と結香の胸部をついつい見比べてしまう。

 特に他意は無い。

 無いんだが、やっぱり眼が行ってしまう。

 何というか結香は聖女と言われるだけはある。

 それに比べ結香の慎ましい胸部。

 せめてほんの少しでもその慎ましさを性格に別けてあげて欲しかったな。

 ―――――非常に残念だ。


「どんだけ上からなんだよ。雪は……全く。ありがとうね結香」

「いえ、これも仕事ですから」


 僕が結香と話し出すと急に雪の眼がかっと開き『呼び捨てだと!』とか何やらぶつぶつと小声で独り言を言い出している。

 何なんだろうね。

 取り敢えず今は放置しておこう。


「それにしてもこうやって顔を合わすのは高校以来だね」

「そうですね。あの時宗一様に出会わなければ私たち二人とも今頃MEの餌でしたものね」

「はは、確かに。今となっては懐かしいね」

「ふふふ、そうですね。そう―――――下校中にワイバーンに攫われた私。それを颯爽と現れた宗一様が助けて下さったの。今思えばあれは運命の出会いでした。」


 何処か遠い目をしている結香。

 彼女は時々こうやって自分の世界にトリップし始める。

 別段害は無いので良いのだけど、取り残された方はちょっと辛かったりする。


「ごほん」

「あ、えっと注意事項です。すでに聴いてらっしゃるかと思いますが支援魔法は2時間、聖なる守護は30分ほどで切れてしまいます。切れたら無理せず後方へと戻ってきて下さい……それではD班の方々と合流してきます」

「ああ、気を付けて」

「ええ、佑君も」


 飯田結香はくるりと背を向けるとD班の方へと向かう。

 支援魔法は他の3課の人達でも掛けれるが「聖なる守護リジェネレイト」とだけは別だ。

 聖女のみに許された特別なスキル。

 先輩の所と僕達の所、そして廉也君達の所と「聖なる守護リジェネレイト」を掛けに廻ってくれている。

 きっと一度掛けるだけでも相当なLoonを消費するはずだ。

 それを三度も。

 彼女がこの作戦の立役者の一人になることは間違いないだろう。



 突然雪が何かに納得した様に顔を上げた。

 そして何故か柏手を打つ。

 

「分かった!昔の女ね!!」


 一体雪には何が分かったんだろうか?

 雪は何故かふふんと鼻をこすりながら得意げな顔をしている。









 


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