第24話 複写

「それで?君は何であそこに居たの?」


 道すがら歩きながら、僕がそう聞くと目の前の彼女は何とも言いがたい表情になった。

 彼女、山崎さんの向こう側には既にエクスカリバーが見えてきている。

 後10分も歩けば無事たどり着けるだろう。

 ちなみにもう肩に担いでいない。

 道中に、不慮の事故があってね。

 ええ、丁度掴みやすい位置にこう、何て言うかね、お尻があってね。

 むにゅっと、こうね……皆まで言うまい。

 そんなわけで僕達はアスファルトの道路を並んで歩いている。

 避難命令が出ているので車の通りは皆無だ。

 うだるような気温は相変わらずで、この暑さだけで気が滅入るのは皆一緒だろう。

 だからと言って、暑さが彼女の表情が暗い訳ではないのだろうけど。

 

「もう少ししたら落ち着ける場所に着くしそこで話し、聴こうか?」


 山崎さんは僕がそう言うと暗かった表情を更に曇らせる。

 ひょっとすると、これはまさか泣かれるパターンなのでは無いのか?

 僕の脳内危険信号のサイレンが鳴り始めている。


「べ、別に無理に聴こうって訳じゃ無くてね、一応ほら僕達役所関係の仕事だから、報告書にある程度信憑性のある事柄を書かないといけなくてね…」

「もう、何慌ててんですか?浅日さん。同性だし、私が聴きますよ」


 そう言って由奈が僕と山崎さんの間に割り込んできた。

 正直ちょっと僕は女性の扱いが苦手だ。

 泣き顔とかされるともうホントどうして良いか分らない。

 こういう時に女性のBHが仲間に居ると助かる。

 由奈が何か言う前に山崎さんは俯き加減で喋り始めた。


「あの、私正直あんまりよく覚えてないんです。目が覚めたら洞窟の中にいて、それで鬼みたいな生き物が居て……上手くやり過ごしたんだけどその先にぅぅ…亜子が居たんです。亜子が鬼に、鬼に犯されてて……うっうう―――」

「ああ、ごめんね。怖い思いしたね。もう大丈夫だからね」


 山崎さんを由奈が抱き留め背中を優しく叩いてあげている。

 落ち着くまで少し時間が掛かりそうだな。

 此処は同性に任せるとして僕は外に出るかな。

 実は結局何もして無くてフラストレーションが溜ってるんだ。

 こういう時はMEを狩るに限るよね。


「ちょっと戻るよ。後宜しくね」

「え?戻るって何処に??」

「そりゃ勿論、さっきのMEが居た所だよ」



□■□■□■□■□■


「ふむ。どうやらクイーン迄創ってくれたのか」


 ギュスターは周囲の気配から自身の眷属をポムが『変化』させた事に気付いた。

 気付いたと言っても明らかに自分の眷属であるゴブリン族が周囲に多く存在しすぎている。

 ギュスター以外でここまで繁殖出来るのはゴブリニアクイーン以外存在しない。

 取り敢えずクイーンの顔でも見に行こうと思い立ちこの辺り周辺を散策する事にした。


「それにしてもじめっとしているな、此処は」


 ギュスター自身はこういう薄暗く湿気の多い場所はあまり好みでは無い。

 眷属であるゴブリン達が何故かこう言う場所を好むことからどうしてもギュスターもこう言う場所に住むことが多くなる。


「今世は皆の好みも改善せねばな」


 ギュスターが洞窟内を歩くと周りに居るゴブリン達が追い縋ってくる。

 その様子はまるで王に傅く召使いの様だ。

 実際に会うのは今日が初めてでもゴブリン達はその血肉にギュスターが自分達の王であるとすり込まれている。

 本能で感じているのだ。


「クイーンの所まで案内せよ」


 ギュスターは適当なゴブリンに申しつけてみた。


「ギ?ギギギギ」

「ふむ。クイーンは居ないのか?」


 どうやらこのゴブリンが言うには此処にクイーンは居ないらしい。

 ならばこの周辺の気配の多さはどう説明が付くのか?

 ポムに聴こうにもアイツは既に居ない。


「誰か説明出来る者はおらぬのか?」

「ギ!ギギギャギャッ」

「ならば私は此処で待つ。その者を連れて参れ」

「ギャギャッ」


 近くに居たゴブリンが賢い者を連れてくると言っていたので待つ事にした。

 自分の眷属といえど低位の者はその思考も簡易な物しか出来ない。

 小さな子供に礼節を説くのと同じように、低位のゴブリンに難しい事を言っても理解してくれない。

 不満は無い事は無いが、これに関しては何時からかそう言う物とだけ思うようになった。


「嘆かわしい事よな―――」


 程なくして上位種と思われる紫色のゴブリンが現れた。

 先程のゴブリンが連れてきたのだろう。


「マ、マサカ…」


 そう呟くと紫色のゴブリン、ゴブリンミスティックはその場に跪き頭を垂れた。


「よい。面を上げよ」

「ハハッ」

「俺はさっき目覚めたばかりでな。一体何がどうなっているんだ。キングもクイーンも居らず此処までの群れを成せるとは思えん」

「ギャ…ソ、ソレハハンショクソウチガ―――」


 そうゴブリンミスティックが喋りかけた途端ギュスターはゴブリンミスティックの頭を鷲掴む。


「アギャギャギャギャ―――」

「ふむ。なるほどな。そう言う事か」


 ギュスターはゴブリンミスティックの記憶を『複写』する事で知識を得た。


「繁殖装置か……ポムも粋な物を創る。どれ見に行くとするか」


 ギュスターはその場を後にする。

 其処には口から泡を噴いたゴブリンミスティックが横たわって居た。


 洞窟を出ると其処は青々と葉の茂る森の中だった。

 草木を掻き分けギュスターは森の中を進む。

 目当ての装置を一目見るためだ。

 一体どうやってクイーンをしたのかギュスターは気になって仕方が無い。

 一際大きな草が生えた所を過ぎるとはあった。


「これ程とは―――」


 ギュスターの眼前にあるのは大きな大樹。

 その中央には若い女性が埋め込まれている。

 そして蔦の様な物が大樹から伸び出しそこら中の木に巻き付けられている。

 巻き付けられた蔦の先端にはおよそ1メートルほどの繭がぶら下がっておりその中にどうやらゴブリンが受胎している様だ。


「なるほど……ドライアド捕まえてきてそれをゴブリン族に『変化』させたのか。相変わらず鬼畜な事をする……クックック」


 ドライアドは木の精霊、その性質の一部を妖魔であるゴブリン族に変化させ創った魔造ゴブリニアクイーンと言った所。

 大樹の中央に埋め込まれているドライアドには意識は無いようだ。

 ただ脈々と地面から養分を吸い上げそれを繭に送っている。

 それにしてもドライアドとはこの様に繁殖する者だったかな?

 そもそも精霊に繁殖能力など無かったように思うが、『変化』させただけでここまで変わる物か。


「げに恐ろしきはポムの能力か。まぁそれも俺に掛かれば直ぐに同じ物を創ってやれるのだがな。何か良い依り代はないかな」


 そう言ったギュスターの頭にはさっきの紫色したゴブリンが思い浮かんだ。


「アレなら良いかも知れんな。何よりゴブリン族は勇敢である事が求められる。敵から逃げてきた様な輩には丁度良い役割だ」


 ギュスターはゴブリンミスティックの記憶を複写した時に、その記憶の中から興味深い人間を見た。

 それは遠い昔自分を一度滅ぼした『勇者』と呼ばれる存在に酷似していた。

 そしてその勇者とおぼしき敵から逃げたゴブリンミスティックに少し苛ついていた。

 逃げるが恥とは言わぬがあのゴブリンミスティックは自分で戦わず、仲間の命を無駄に散らし挙げ句の果てに逃げたのだ。

 あの様な者が一族をこれまで束ねていた、その事自体が許せない気持ちになる。

 ある種の憤慨はあるがそれもゴブリンミスティックを依り代に使えばギュスター自身の気も晴れる。

 

 ギュスターは洞窟へとゴブリンミスティックを探しに戻る。

 さっきの場所の近くにまだいたので割と直ぐにゴブリンミスティックは見つかった。

 俺に付いてこいと一言告げるとゴブリンミスティックはびくびくしながらギュスターの後ろを付いて来ている。


「おい、貴様。これが何か分るか?」

「ギャギャ?コレハ……ワレラノコヲナスモノ……デショウカ」

「そう言う理解で構わない。このドライアドも名誉な事だとは思わないか?此処で我らゴブリン族を産み続けれるのだから」

「ギャ」

「そこでだ、アレがもう一つあれば我らゴブリン族の繁栄は約束された様な物だとは思わないか」


 この時ゴブリンミスティックはアレをもう一つ自分に創れと命令されるのだと思った。


「オウヨ。アレハゴブリンニハツクレナイ」

「そんな事は分かっている。別にアレを作れなどと無茶な命令をする気は無い」


 ゴブリンミスティックはでは何故自分が此処に呼ばれているのか分らなくなってきた。

 てっきりこの名も知らぬ王はその口ぶりからアレを作れと言ってくる物だと思っていたからだ。

 自分の前に立つ王が一歩前に進み愛おしそうにドライアドを触る。

 王は振り向くと満面の笑みを浮かべゆっくりと自分の頭を掴んだ。


「喜べ。貴様はこのギュスター・グレリオ・ゴブリンの作る国の礎になるのだ『複写コピー』――――ふむ…この大樹が良いな……『貼付けペースト』」

「ギャァッ…………」


 ギュスターの眼前には大樹に埋め込まれた紫色のゴブリンが居た。

 

 ギュルリ―――


 地面から急激に蔦が生え始める。

 そしてその蔦は幾重にも枝分かれして行く。

 やがて伸びきった蔦の先端には小さな果実をぶら下げていく。

 


「起き抜けに大きな魔力を使ってしまったが良しとしよう。我が一族の繁栄の為には致し方あるまい。少し腹が減った故食事にするか。丁度此方に贄が向かって来ているようだしな」


 ギュスターは此方に向かってくる大きな魔力の塊を感じていた。

 魔力の波動から人族の物であろう事は推測出来た。

 その魔力を向かうようにギュスターは移動し出した。














 





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