第22話 由奈無双

 由奈の視線の先には50を超えるMEが追ってきているのが見える。

 逃げ切ったと思ったのに―――

 あの卵の様な、繭の様な存在は森の中の至る所に存在していたのだ。


「―――しつこい!」


 タタッタタッタッタ―――

 軽い音が森の中に響く。

 由奈がM4カービンを打ち払い追い縋るMEに手傷を負わせていく。

 木の上からは瑛十が上空よりマキビシ型の小型爆弾をばらまいたり、煙幕を焚いたりしながら互いに援護しあいここまで来た。

 この先もずっと道が続けば二人は難なく逃げ切ったことだろう。

 

「……由奈、この先崖」

「ええ!?」


 木々の上を飛び交いながら先行する瑛十からの無線が入る。

 流石に崖を由奈が飛び降りるには勇気も力も足りない。

 

「どうすんのよ?」


 由奈は問いかける。

 ナビに従いながらなるべく逃げてきたが流石にこれ以上逃げ切れる自信は無い。

 幸いというか、追ってきているMEはゴブリンの上位種程度なので何とかならないことも無いと思いたい。

 ただ数が数だけになんとかなる保証など何処にも無い。

 何しろ瑛十と二人でそれなりの数のMEを葬ったにも拘わらず追い縋る数は一向に減る気配がないのだ。

 だけどこんな所で倒れるわけにはいかない。

 

「こっち」


 そう言うと、木の上から瑛十が降りて来て由奈を誘導し出す。

 瑛十の手にはそれぞれ数枚の円月輪が握られている。

 それを瑛十が一息で投げると前方のMEと周囲の木事なぎ倒し人が優に通り抜けれるほどの道が出来た。


「…忍法超円月輪」

「格好付けてないで、今のうちに行くよ」


 瑛十と二人、僅かに出来たMEの包囲網の穴を駆け抜ける。

 勿論追い縋るMEにフラッシュバンを投げるのを忘れない。


「よし、これでちょっとは―――」


 時間が稼げる。

 そう言おうとしたその瞬間。


「―――きゃぁ」

「え?」


 女性の悲鳴と共に瑛十と由奈の前に居たのは山吹色のマウンテンパーカーを羽織った同年代の女性だった。


「…嘘でしょ」

「最悪―――」


 最悪と言ったのは自分と瑛十君どちらだろうか?

 確かに最悪だ。

 今このタイミングで一般人がこの山の只中に居る。

 そしてそれに出会う確率とは一体如何ほどだろう。

 

「た、助けて―――」


 悲痛な言葉は一体誰が紡いだ物か。

 勿論目の前の女性から出た言葉なのだけど、正直助けて欲しいのはこっちだと言いたい。

 しかし、この状況で一般人の彼女を放って置けばどうなるかなど火を見るより明らかだ。


 ガサガサ―――


 草木が揺れる音が徐々に迫ってくる。

 もう其処までMEは迫ってきている。


「やるしかない、みたいね。ごめんね―――オペレーター聞こえる?」

「ザザッ――――どうしました?」

「一般人保護。MEと交戦する。JOB使用許可を」

「え?行き成りどうしたんで…「早く!!」あ、はい――――BH032、BH033待機状態セルフスタンバイモード終了、ジョブ解除」


「「―――ジョブ設定―――霊子力封印解除」」

「「『アイテムマスターLV17』『シノビLV20』使用解除」」

 

 Loonが身体に馴染んでいくのが分る。

 Loonによる身体能力の強化、感覚の強化が施されるのが感じ取れる。

 サポートジョブの私はだとやっと下級MEと戦闘しても負けない。

 その程度の力しか無い。

 但しそれはあくまで丸腰ならば、の話しだ。


 隣を観ると瑛十君は既に背中の刀を抜いて戦闘準備万端だ。

 瑛十君もシノビとは言ってはいるが戦闘職寄りのサポートジョブだ。

 本来ならこんな正面切って戦うジョブじゃない。

 だけど私だけが持つ切り札がある。

 それさえ用意できればこんな雑魚ぐらいなんて事は無いはずだ。 


「瑛十君、ちょっと時間稼いでくれる?」

「…任せて」


 全てを言わずとも兄弟だけあって瑛十君は理解してくれる。

 刀を片手に瑛十君はMEの群れに突っ込んでいく。


「アンタは其処から動かないでね?」


 振り返り涙目の女性に声を掛ける。

 このまま一般人の彼女を観なかった事にして逃げるのが本当は一番生存する確率が高い。

 けどそれをしてしまったら私たちBHが何の為に戦っているのか分らなくなってしまう。


「イベントリ解放―――」


 何も無い空間に私は

 イベントリ。

 これがアイテムマスターの特殊能力の一つ。

 どんな物でも私が手に持てる物なら無限に保管できる空間。

 そこから私は切り札を引っ張り出す。

 頭でイメージすると何も無い空間に突っ込んだ手の先にかすかな感触が返ってくる。

 それを握り強引に引っ張り上げる。


「どっせい!」


 イベントリから落ちるように出て来た鉄の塊。

 M61バルカン改―――――

 総重量248ポンド、全長1827ミリメートル黒光りする冷たい鉄の塊はローマ神話に登場する猛々しい火の神バルカンからその名を譲り受けている。

 そしてM61バルカン改専用の給弾装置をイベントリから引っ張りだしM61バルカン改と給弾装置を接続する。


 これで20×102ミリメートルの弾丸を分速6000発供給する事が出来る。

 本来なら電気着火式なのだが久樂博士と共同で開発改造したことで、このM61バルカン改はLoonを応用して着火を行う。

 しかも反動を極端に減らすことでM61バルカン改の自重で固定を可能としている。

 要するにLoonと弾さえあれば何処でもぶっ放せる。

 

「ちょっと離れててよね」

「え?あ、はい」

「瑛十君!!おっけーーーーい!」


 前方でMEを惹き付けてくれていた瑛十君に合図を送る。

 無事ちゃんと聞こえたみたいで瞬時に瑛十君はしてくれた。


「いっくわよ~~~~~~~~~!!!!」


 周囲のLoonを急速にM61バルカン改が吸い取っていく。


「うふ、うふふふふうふふふふふふふふふ―――――しっねぇっぇえええええええええええええええええええええ!!!!!!」


 ズガガガガッッガガッガガガガガガガガガガガガッガガガガガガガガガガッガガガガッガガッガガガッガガガガッガガッガガガッガッガッガガッガガッガガガガッガガガ―――――


 眼前のMEも木も何もかも塵に変わっていく。

 秒速1080メートルという驚異的な速度で発射される弾丸。

 口径20ミリメートルの6門全てが文字通り火を噴いている。

 

 ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッガガガガガガガガガガッガガガガガガガガガガガガガガガガガッガガガガガガガガガガガガガガガガガッガガガガガガガガガガッガガガガガッガガ―――――


「あ~~~~~~~~はっはは!!快感!!!」


 火の神でも在り鍛冶の神でも在る神バルカンの名を冠する銃火器M61バルカン改。

 その脅威の殲滅力を遺憾なく発揮させているのはアイテムマスターの能力故か。

 それとも由奈の狂気故か――――

 毎分6000発という掃射能力にME達はなすすべも無く只の肉塊へと変わり果てていく。


ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッガガガガガガガガガガッガガガガガガガッガガガガガガガガガガガガガガガガガッガガガガガガガガガガッガガガガガッガガ―――――キュルキュルキュルキュル………


「あれ?もう弾切れ?よし補給補給……」

「……いや、由奈。もう何も居ない。ほら―――」


 いつの間にか帰ってきた瑛十君が私からバルカンの弾丸を取り上げる。

 瑛十君の指刺す方を見ると其処にはなぎ倒された木々とミンチになった大量のMEが横たわっている。


「……今の内、逃げる」

「了解―――ちょっと待ってね。『イベントリ格納』」


 M61バルカン改と給弾装置をイベントリに格納する。

 私たちの直ぐ後ろで呆けている女性を見る。

 地面に座り込んでいるところを見るとどうやらMEの恐怖に腰が抜けたみたいだ。


「怖かったでしょ?立てる?」


 そう言って手を差し出して彼女を立たせる。

 

「あ、ありがとうございます」

「あなた名前は?私は由奈、こっちが弟の瑛十。安心して二人ともBH。BraveHeartだから」

「……由奈、普通の人BHじゃ分らない」

「え?そう?」

「……うん」

「そう、取り敢えず此処から移動しましょ。またMEが追ってくるかも知れないし」

「は、はい。私奈々子、山崎奈々子って言います」


 ふらつく奈々子と名乗る女性を瑛十君が心配そうに見ている。

 彼女が今まで何処に居たかは解らないが恐らくMEに追われてここまで降りてきたのだろう。

 普段MEを相手にしている私でもあの量のMEは正直脅威だ。

 何も知らない彼女の恐怖は如何ほどの物だろう。

 

「大丈夫?歩けないようならおんぶする?」

「いえ、大丈夫です。これでも結構山登りはしてるんで―――――さっきはちょっと大きな音に驚いちゃって……」


 音かよ。

 と心の中で思ったのはきっと瑛十君もだろうと信じたい。



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