第18話 エイトマンとユーナ
「瑛十君こっちであってるの、道?」
「…………ん」
言葉足らずの返事に不安を覚えながらも由奈は弟の瑛十に付いていく。
いつもの事ながらこの弟は何考えてるかわかりにくい。
姉の自分でもそうなのだから他人様からは中々理解して貰えないのも納得がいく。
それでもあの人はいつも弟の事を気に掛け私のことも心配してくれる。
そこに打算も何も無いのは長い付き合いで知っている。
世間知らずだった私たち姉弟を導いてくれたのは間違いなくあの人、初代勇者のアサヒさんだ。
あの人が不測の事態で、どうやら困っているらしいと長官から連絡が来たのは今朝の事だ。
私たちが力になれるのであればと思い調査ミッションを一次中断し駆けつけたのだ。
そして駆けつけたは良いのだが、目的地のエクスカリバーを目前とした時の弟の瑛人が何かを感知したみたいなのだ。
一度エクスカリバーに行ってアサヒさん達と合流してから行けば良いのにこの弟は何故か何も言わずに山の中に入って行った。
放って置けば良いのかも知れないが自分達には身寄りは無く、もし自分が見ていないときに弟に何かあったりしたら悔やんでも悔やみきれない。
そう言った理由で結局この弟が行くところに自分も付いていくことになる。
「止まって」
「どうしたの?」
「――――血の匂い」
そう言うと瑛十は背中に背負った刀を抜く。
瑛人が刀を抜くと言う事は危険が近くに存在すると言う事だ。
少し緊張が走る。
由奈も肩に掛けていたM4カービンを構える。
M4カービンは銃身が短く取り回しも効きやすい。
由奈は瑛人やアサヒの様に身体能力がそこまで高くない。
BHとしてのJOB補正等があったとしてもせいぜいトップアスリートレベルだ。
アサヒの様に人間を辞めてはいない。
よって近接武器を使って接近戦など出来ないのである。
ゴブリンやコボルト程度ならこのM4カービンで十分倒せるのは証明済みだ。
アイテムマスターと言うJOBの特性上アイテムを使用すればもっと自分の身体能力を底上げ出来るのかも知れないが底上げされた肉体の性能にきっと由奈自身がついて行けない。
元々おっとりとした性格の由奈には戦闘自体が向かないのだ。
出来る事ならアトリエでずっと絵を描いていたい。
「……由奈、来るよ」
そう言うと茂みの向こうから体長140センチ程の人影が飛び出してくる。
緑色の肌からゴブリンと推測される。
バラララ――――
軽い打撃音が森の中に響く。
由奈の視界にゴブリンが入った瞬間引き金を引き絞る。
サプレッサーが装備されているM4カービンからはノズルフラッシュも発射音もさほどしない。
けれどもM4カービンを掃射したときの反動が由奈は好きなのだ。
何とも言えない快感を覚える。
ガサガサと言う草を押し倒す音が聞こえゴブリンを倒したことを確認する。
由奈の視線は既に別の場所を見ている。
二人はかすかに硝煙の香りが漂う森を更に奥へと進んで行く。
「ねぇ、瑛十君。どこかに報告したの?」
弟の瑛十はよく独断専行する気があり、それを心配性の由奈が押さえる役割をしている。
瑛人の性格を由奈はほぼ完璧に把握している。
由奈の問いに何も言って来ないと言う事は、言い分けを考えてるか言えないか。
恐らく前者―――
「はぁ、オペレーターさんに連絡しとくよ」
そう言って古くてゴツい無線機を取り出し由奈は通信を開始する。
「此方BH032ユーナ、応答願います」
「此方S.Z.A本部―――BHユーナどう致しました?」
「ごめんなさい、また瑛十君が勝手に動き出しちゃって」
「あ~…またアレですか?」
「そうみたい。何か『予感』がするとか言い出して―――」
「なるほど、でしたらBHユーナはBHエイトのサポートをできる限りお願いします。此方からは合流予定のBHに現状の連絡しておきます」
「有り難うございます」
「いえ、あとBHアサヒからの報告でこの山崎山には現在動いていないBHが千体以上存在すると報告を受けています。正直何が起こるか分かりません、ご注意を」
「千って」
オペレーターと通信している間に、瑛人君が独りで少し先行しすぎている。
少し先で立ち止まっている瑛人君を慌てて追いかける。
「瑛十君、この先危ないって」
「……あれ、何だろう?」
帰ってきたのは此方の言葉を完全無視した問いかけ。
だけどそれはいつもの事。
それよりアレとは一体何のことか。
由奈はその興味の方が勝ってしまった。
瑛人の指刺すその先に乱立する木々の枝にぶら下がるように、無数の卵形の何かがあるのだ。
こんな山中に一体何の卵だろうか?
そう思い由奈はバイザーの機能の一つスコープを使い卵形周辺の景色を拡大する。
拡大されたそれは、木の枝に何かを巻き付けぶら下がっている。
薄い粘膜に覆われた気味の悪い卵の様な何とも言えない形容しがたい物。
周囲の木々と比較して、おおよそ直径1メートル程ありそうなその卵型のそれは表面に血管のような物が無数に入っており、時おりその血管がどくんどくんと脈打つのだ。
昔パパと観た映画でこんなの出て来たよね。
瑛人君は確かゲームに夢中で観てなかったんだけど。
そんな事を思い出しながら更に観察する。
もぞり―――
一番手前の卵の様な、それの中身が不意に動いたのだ。
おぞましいことに、その中身は人型の様にみえる。
そしてぐるりと頭部と思しき部分が此方を向き、ぱちりと二つの目が開いたのだ。
それに連動してか、残りの卵型の中身が動き此方を一斉に見てくる。
一斉に数百の瞳が自分達を捉えてる。
卵型の粘膜が上部から割れ、開いていく。
その様は蕾から花が芽吹く、そんな風に見えた。
ドサリ。
ドサ、ドサ、ドサ…。
無数の花が芽吹く。
その下にはぬるりとした粘液を纏った何かが居た。
次々と生まれ落ちる未知の生物。
それはまるでタチの悪い悪夢の様に見えた。
ヤバい―――
本能が訴えかけてくる。
ここに居てはダメだ。
「―――ッ、逃げるよ」
由奈がそう言うと瑛十が煙幕を即座に焚く。
洗練された兄弟ならではのコンビプレー、由奈は背面走りで山を駆け下り、瑛十は木々の間を飛び回りながら山を下っていく。
バラララ――――
聞き慣れた射撃音がM4カービンから放たれる。
煙幕の方に、ひとしきり掃射すると由奈はリュックに手を伸ばしM84を手に取ると流れるような動作で頭のピンを抜き放り投げる。
「フラッシュバン行くよ~」
「――うん」
M84を放り投げた数秒後もの凄い爆音と閃光が辺りを支配する。
その頃には由奈は自身の持ちうる全能力を使い山を駆け下りていた。
最早さっきの謎の生物が追ってきているかどうか何て分からない。
でもきっと逃げて正解だ。
もう十年近くBHをやっているけどあんなおぞましい生物は見たことが無い。
生理的に受け付けない。
瑛十君はまだしも自分の様な非戦闘職のBHには確実に荷が重い。
息も絶え絶えになりながら必死に山を駆け下りる。
それと同時に腕に付けたコンソールを操作しSOSを発信する。
チラリと瑛人君の方を見る。
未だ木の上で健在だ。
瑛人君が此方に向けて親指を上げてくる。
どうやらある程度逃げ切ったみたいだ。
確かパパと観た映画は宇宙船で未知の生物に襲われ戦い抜く話だった。
最後はどうなるんだったのか思い出せないが、きっと映画の主人公は今のように切迫した状況だったに違いない。
まるで物語の主人公の様な展開だったけど由奈としてはどうにもこう言うのは苦手だ。
早く家に帰ってゆっくり絵でも書いていたい。
そう思う由奈だった。
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